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Soulful Fiction Novel Number One 『LOVE(Original Mix)』 A-2



ミラーボールの発明者に、心からの心を込めて本作を捧ぐ。



A-2.Oops,Oops Means I Love You

「——ほんで、お前フラれたん?」
「だからフラれるとかじゃないんだって、フラれる以前の問題なんだって。ていうか何ならフラれたいぐらいだ、いっそ」

 賑やかな日曜の夜の居酒屋で、カツオは唯一の友人であるタケフミとお座敷で向かい合っていた。カツオとタケフミとはなんだかんだ高校時代からの付き合いになる。休み時間にカツオが“高校鉄拳伝タフ”を読んでいたら、タケフミが『タフってさ……タフって名前のキャラ出てこおへんよな』と声をかけてきたのが出会いのきっかけだった。

 他に友達もいなかったふたりはそれからよくつるみ、互いを『タケ』『らぶやん』と呼ぶ仲になった。ふたりはビルの屋上に侵入して立ち小便をしたり、トイザらスのLEGO売場に五時間居座ったり、かりんとうをお湯でふやかしてウンコに似せたものを校内にバラ撒いたりと、到底ここに書くに忍びない狼藉の数々を働いたが、高校卒業と同時にタケフミがコロンビアに留学してしまったため、ここしばらくはずっと疎遠になっていた。

 再会したのはなんと先週のことである。

 カツオが名画座で『北京原人/REX 恐竜物語/だいじょうぶマイ・フレンド』というすばらしい傑作三本立てを鑑賞し、感動にむせび泣きながら席を立ち上がると、なんとその隣で感動のあまり嗚咽しているタケフミがいたのであった。この運命的な再会にふたりは盛り上がった。タケフミはコロンビアでいろいろあった末に先月強制送還されてきたということだったが、その詳細についてはなぜか口をつぐんだ。カツオは“らぶ”を継いだという話をし、土曜のイヴェントも誘っていたのだが、『その日は栃木に用事があんねん』と断られていた。ちなみにそれがどんな用事なのかはやはり口をつぐんだ。

 そんなワンパク盛りのタケフミであったが、日曜の夕方にとつぜんカツオが呼び出してもすぐにやって来て、カツオの話をイヤな顔ひとつせず聞いていた。まぁ、果たしてちゃんと聞いているかはいまいち怪しかったが。タケフミは口元に締まりのない笑みを浮かべながらカツオに言った。

「やばいな〜〜〜。なに、一目惚れしたん?」
「確実にね。一晩考えてみたけど確実に恋だね。マジで、絶対、めちゃくちゃ恋」
「なに、そんな好きなん?」
「クソ好き。普通に一位。二位はナタリー・ポートマン
「やばいな、ナタリー・ポートマン超えてまうんか」
「しかも“LEON”の頃の」
「うわめっちゃやばいやん。めっちゃやばいやつやん。それはもう、アレやな。愛やな」
「ああ、もうおれの愛はすでに先っぽからチョロっとはみ出してるほどだ」
「チョロっと?」
「チョロっと。なんていうの、たとえるなら“Oops…”って感じだね」
“Oops…”って感じなん?」
「ああ、“Oops…”としか言いようがないね。それでさ、おれ、どうしたらいいと思う?」
「なにが」
「いや、だからさ……この胸いっぱいの愛をさ、おれはどうすればいいワケ?」
「そんなん、告白するしかないやろ」
「マジで言ってる?」
「マジで言うてる」

 タケフミがビー玉みたいに透けた目を向けると、カツオは『え゛〜〜』といって後ろにひっくり返ったあと、ワンバウンドして戻ってきた。

「いやっ、ていうか、おれ、あの子の連絡先も知らないし!」
「だから、イヴェントを頑張って盛り上げて、ほんでまたその子が来たときにカッコいいとこ見せて、それで告白するしかないやろ」
「……それしかないかな?」
「それしかないやろ」
「……それしかないか」
「それしかないで」
 
 そしてタケフミが柔和な笑みを浮かべながらキャスター・マイルドを手に取ると、カツオが言った。

「……ねえ、一本くんない?」
「あ? らぶやん、タバコ吸うようになったん?」
「いや吸わないけど。なんか今、吸ってみたくなった」
「でもこれ、ラス1や」
「いい、いい、一口でいいから」
「しゃあないな」

 タケフミはタバコをトントンとテーブルに叩きつけてから口にくわえ、百円ライターで火をつけるとゆっくり吸い込み、それから天井に向かってさもおいしそうに煙を吐き出した。そしてタケフミはタバコを差し出した。カツオはおぼつかない手つきでそれを受け取ると、慎重に口にくわえ、ゆっくりと煙を吸い込んだ。瞬間、ざらついた煙が喉元まで滑り込んできて——。

「っ! ゲッホ、ゴホッ! エホッ、ガハッガハッ!」 

 

 カツオは盛大にむせた。タケフミはそれを見てケラケラと笑っていた。

「ゴホ、や、やっぱ、お、おれ、タバコは、一生ムリだわ」
 
 そうしてカツオは咳き込みながらタバコをタケフミに押しやった。タケフミはそれを受け取ると、またうまそうに吸い始めた。たった一口でよほどくらったのか、カツオは畳の上に寝っ転がってそのまましばらくじっとしていた。

「あ゛〜〜〜……おれ、タバコ嫌いだわ〜〜〜……」
「そんなんオレもやで」
「じゃあ何で吸ってんだよ」
「この世から一本でも多くのタバコを減らすために吸うてんねん。必死やでこっちも、殺るか殺られるか」

 そしてタケフミはまたケラケラと笑い、短くなったタバコを灰皿に押し付けると、七杯目のレモンサワーを飲み干した。カツオはぐるぐる回る天井を見つめながら力なく言った。

「……でもさー」
「んー」
「イヴェント頑張るったってさー……」
「おー」
「具体的に、何をどうすりゃいいワケ……?」
「もう内装とか音響は出来てるんやし、あとは宣伝しかないんちゃう?」
「宣伝、か……おれなりにやってみたんだけどね、ホラ」
 
 そうしてカツオはのろのろ起き上がると、スマホを取り出してタケフミにフライヤーの画像を見せた。

「うわ、字汚っ。一瞬ヘブライ文字で書いてあるんかと思うたわ。なんで全部手書きやねん」
「そっちの方が気持ちが伝わるかと思って」
「怨念しか伝わってこおへんわ。ていうかやばいな、全体的にめちゃくちゃダサい」
「え、マジで?」
「ダサいとか通り越してもう謎。だいたい何やねんここ、何でここ、梅宮アンナの写真コラージュしてんねん
「いや、意味とかないけど」
「意味なく梅宮アンナの写真をコラージュすな。意味なく梅宮アンナの写真をコラージュしたらあかん」
「でも、デザインってそういうもんじゃん?」
「やかましいわ。逆にどうやったらこんなダサいフライヤー作れるか知りたいわ。なんかもう、オレお前に敬語使いたいわ
「そんなに言うならタケが作れよ」
「何で急にキレてんねん」
「これよりかっけーフライヤー作れんだろ? 作ってよ、じゃあ」
“じゃあ”って何やねん。とにかくキレるのやめや。めっちゃ早口になってるで」
「……ごめん、つい、カッとなって」
「気ぃつけや」
「……このフライヤーじゃ、やっぱお客さん、来ないかな?」
「んー、まぁ、おれなら行かへんな」
「そっか……」

 そして肩を落とすカツオに、タケフミは尋ねた。

「……なぁ、何でそんなこれに賭けとんの?」
「え?」
「だって、酒出すワケでも、入場料とるワケでもないんやろ。一銭も儲からへんやん。こんなんコインランドリーでやる必要ないやろ」
「コインランドリーでやるから面白いんだよ。世界で一番踊らない国ってどこか知ってる?」
「知らん、カンボジア?」
日本だよ。日本は生活に音楽が根ざしてないんだよ。みんな、ただの遊びだと思ってる。音楽を聴いて踊ることなんか、バカがすることだと思ってるんだ。ひどい国だよ」
「らぶやん、海外行ったことあるん?」
「いや、ないけど」
「ないんかい」
「なくても言っていいだろ。とにかく日本はさ、9割5分の国民が音楽をナメてるよ。慢性的な文化欠乏だ。芸術の歴史っていうものを軽視してる」
「ふむ」
「こないだキューバン・ジャズのドキュメンタリー映画を観たんだけど、マジで心が洗われたよ。キューバの人はみんなどこでも演奏するし、どこでも踊るんだ。外で友達とセッションしてると、タバコ屋の女の子が来てクラーベを叩いたりする。ガレージでバンドが演奏してると、通りすがりのおばさんが足を止めてそこで踊ったりするんだ」
「音楽が完全に根ざしてるんやな、生活に」
「そう! で、生活ってのはつまりさ、ご飯食べたり、洗濯することじゃん?」
「まあ、そうやな」
「とくに、コインランドリーなんてさ、生活のもっともたるモノじゃん。その地域のひとが集まって汚れた服を洗う場所だからさ。だからさ、逆に、あえて、そこでDJをやったら、いろんなひとにとって、音楽がもっと身近なものになるんじゃないかって思ったんだよ」
「なるほどな」
 
 カツオの言葉に、タケフミはもっともらしくうなずいた。カツオは続けた。

「きょう、この店来るときさ、クラブとかライブハウスのまえ通り過ぎてふと思ったんだよ。クラブとかライブハウスってだいたい地下だからさ、階段があったりするじゃん。でもさ、あの女の子は“踊りてえ”って思っても、なっかなかそこに行けないんだよ、きっと。“踊る場所”に行くためのハードルがさ、おれらよりずっと高いんだよ」
「……んー、まぁ、勝手な妄想かもしれへんけどな」
「でも、ウチの店は違う。つまずくような段差はない。道路からスッと、フラットに、フロアに入れるんだ。“らぶ”では誰だって踊れるんだ。そういう場所がひとつぐらいあってもいいはずだって、いまはそう思ってる」

 カツオは熱っぽく一気にしゃべると、ぬるくなった二杯目のビールをあおった。タケフミは鎖骨のあたりをポリポリ掻きながら言った。

「……ん、なるほどなぁ」
「カネなんかさ、別にどうでもいいんだ。いや、ありゃあるだけ嬉しいけど、そういうことじゃないんだ。おれはミラーボールを発明したひとみたいになりたいんだよ」
「なんでミラーボール?」
「あのさ、ミラーボールを誰が発明したのかって、明らかになってないんだよ。つまり、特許取ってないんだ」
「はえー、勿体ないなあ。めちゃめちゃ金持ちになれたやろうに」
「だろ。でも、おれはきっと、“あえて”そうしなかったんだって信じてる。そのひとにとっちゃさ、カネなんかより、みんなが踊ることのほうがずっと重要だったんだ」
「パリピのやな」

 タケフミがそう言うと、カツオは両手を叩いてタケフミの顔を指差した。

「そう、マジだよ。あんな無意味なもん発明したやつは相当なイカれ。だって、ただ天井でキラキラ光りながら回るだけなんだぜ、アレ」
「そらまあ、そうやけど」
「でもミラーボールが原因で死んだ人はこの世にいないんだ。この灰皿だって頭殴れば死ぬし、この割り箸で目ん玉突くこともできるけど、ミラーボールは一切、悪に転用できないんだよ」
「なるほどつまり、ラヴ&ピースってことやな?」
ラヴ&ピースってこと。ノーベル平和賞ものだよ、愛のヴァイブスを無限に降り注ぐ永久運動機だ。そんなとんでもない大発明をしたのに、そのひとは1セントも受け取らなかったんだ。おれもそのひとに殉じたいんだよ」
 
 カツオは真剣な表情になって右手で拳を作り、左の手のひらにパンチをぶつけながら力説した。まるで自分に言い聞かせるみたいに。タケフミは腕組みをしたまましばらく黙っていたが、やがて無精髭を撫でながらポツリと言った。

「……ん、そっか、わかったで。じゃあオレにもそれ、手伝わせて」
「え?」
「さっきフライヤー作れとか何とか言うとったやろ。フライヤー作りでも何でもやったるわ。いや、やらせて」

 予想外の言葉にカツオは困惑した。

「お、お、おー……そりゃ、めっちゃ嬉しいけど、なんで?」
「あんなー。オレな、去年から、楽しく生きる覚悟したねん」
「別にタケ、ずっと楽しそうじゃん」
「や、ちゃうねん。それまではなんとなくや。いまは、マジで、心の底から、楽しく生きようて思てるんや。あんな、コロンビアでまぁ色々あって、口ん中にこう、ピストル突っ込まれたときにな」
「待って、色々ありすぎじゃない? さすがに色々ありすぎじゃない? 何をどうしたらその状況になるの?」
「まぁ詳しくは話せんけどな。とにかくピストルを口に突っ込まれて、ああオレはもう死ぬんやって思った。そう思ったらもう、涙止まらんようなって。ああ、あれもしたかった、これもしたかったって、もうコーカイの渦や。人間な、死ぬときにコーカイするのはやったことやないで。やり残したことや」

 カツオからすれば、タケフミはずっとやりたいようにやって生きているふうにしか見えなかったが、それは言わずにおいた。タケフミは新しくタバコをくわえて火をつけた。

「まぁそんときな、たまったまケーサツ来たからな、運よく助かったんやけど。で、そんときに決めたんや、全力で楽しく生きようって。そしたらもう、あとの問題は“残り時間”だけや。残り時間はこうしてる間にもどんどん短くなっとる、オレは一秒でも多く楽しみたいねん」

 そういってタケフミは灰皿にトントンとタバコの灰を落として、首をひねった。

「……あれ、なんの話しとったっけ?」
「いや、だから、なんでイヴェント手伝ってくれるのかって」
「ああ、そやそや。だってそれって、めちゃめちゃおもろいしカッコええしすばらしいことやん。オレもそれ、混ぜてほしいわ。音楽のことはあんまようわからへんけどな」

 そういうとタケフミは歯を見せてイッシッシと笑った。カツオはしばらく黙ったままタケフミの顔を見つめていたが、いきなりビールを一気に飲み干し、その右手を差し出した。

「……OK。やろや」
「おう、やってこや」

 ふたりはガッチリと握手を交わした。それはふたりが人生で交わしてきた握手の中で、もっとも力強い握手だった。


 

 それから二日後、タケフミは“らぶ”を訪れた。なんとフライヤーを携えて。70年代のブラック・ムーヴィーのポスターを模したようなそのデザインはハイセンスながらも、どこか気安く、茶目っ気もあった。そればかりか、タケフミは宣伝動画も新たに作ってくれた。スマホ一台で制作されたその動画は、チープだったがなかなか味わい深いもので、妙な印象があった。カツオはタケフミのセンスにいたく感動し、一体どこでそんなスキルを身につけたのか知ろうとしたが、タケフミはやはりそれについては口をつぐんだ。

 ふたりはあらゆる手段を使って、ネットやストリートで宣伝活動を精力的に行った。それは結構な重労働だったが、でも、ふたりで何かをするのは面白かった。そうして心地よい疲れをまとってベッドに倒れこむとき、カツオはいつも、あの女の子のことを考えた。そして、せめてあの子の名前を呼べたらいいのにな、と想いながら、カツオはまどろみの中へ沈んでゆくのであった。




♪Sound Track : Oops-Oops Means I Love You/Wild Honey






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