アイラン

 脳が混乱している。これは腐っているのか?舌がしびれている、、、この味はこれであっているのだろうか。美味しいのかまずいのか、好きなのか嫌いなのかわからない。知っている滑らかな舌触りなのに、、、これは、しょっぱい。でもなんだろう、もう一口いけるな、、、うん、あ、これは、美味しい。

 これは私が初めてトルコに行った際、飲んでみろ、と勧められるがまま飲んだアイランの第一印象だ。ご存知の方もいるだろうが説明を加えれば、アイランとはヨーグルトに水と塩を混ぜ合わせたしょっぱいヨーグルトドリンクであり、日本でもたまに小さいパックで見かけたりする。ヨーグルトといえば甘いデザートに近い感覚で育った私にはそれはそれは衝撃的なアイランとの出会いであり、まさかその後5年間もトルコでアイランを飲み続けることになるとはこのとき予想していなかった。

 トルコに入り浸っていると、なんとこの国では甘いヨーグルトの方が珍しく、フルーツの果肉入りの甘いヨーグルトは外国人しか買わないため自ずと財布を圧迫してくる。売っているのはどでかい容器に入ったプレーンヨーグルト500g、1kg、はたまたバケツのような容器に入って売られてもいて、食べ終わったあとのそのどでかい容器は掃除道具入れ、洗濯物入れ等に使われる。

 何故こんなにも大量のヨーグルトの需要があるのか。現地の人々の食卓に潜入してみると、まず、ヨーグルトで作られたスープがある。名前はヤイラチョルバスだっただろうか、うろ覚えだが高原のスープといったような意味合いだった気がする。このスープは温かいスープである。ヨーグルトなのに温めてしまうのである。そしてジャジク(日本語では正確に表記するのが難しい。)これは冷たい食べ物で、ヨーグルトと刻んだきゅうりを混ぜて少し塩を加えたもので、さっぱりとサラダ感覚で食べられる。そして野菜の素揚げのソースに、ヨーグルトと塩とすり潰したニンニクを混ぜたソースを用いる。これがまたとてつもなく美味しい。ヨーグルトと塩を混ぜるだけでも抵抗があるのに、さらにニンニクを入れてしまうのである。でも美味なのだから仕方がない。そしてそのヨーグルトソースはお酒の席でも顔を出しており、何の葉かわからないが緑の葉っぱと和えられていることが多い。これをラクというトルコのお酒と一緒にちまちま舐めながら彼らは会話を楽しむのである。

 このように、彼らはヨーグルトを使った料理文化を持っている。何も調理していないヨーグルトをお皿の端によそって、食事の合間にお口直しのように食したりと、ヨーグルトがそれはそれは身近に存在する。そしてそれらは甘いヨーグルトではないのである。

 トルコから出て今はモルドバに身を置いているが、アイランはめっきり見かけなくなってしまった。トルコ系民族が多く生活するドイツで見つけた時は思わず買ってしまったのだが、やっぱりトルコで飲むアイランが一番美味しいと思った。(ちなみにブルガリアで飲んだアイランは水の分量がやたらと多く、最高にまずかった。)トルコから出たことを後悔してはいないが、時々あのしょっぱいヨーグルトドリンクが無性に飲みたくなる。ヨーグルト、と聞くと私の脳裏にはまずアイランが浮かんでくる。こうしてパソコンで打ち込んでいる間も、日本人にとっての梅干しのように口の中に唾液が出るくらい、私はアイランの味を覚えてしまった。楽しいときも、辛いときも、お腹を壊したときも、私はアイランを飲んでいた。 

 日本では甘いのが当たり前のヨーグルトであるが、しょっぱいヨーグルトも是非試してもらいたい。なんなら一度、プレーンヨーグルトと水と塩を混ぜて飲んでみてほしい。自身の固定概念を崩す体験がいとも簡単に手に入るのだ。こんなに身近だった材料同士が繰り広げる初体験はとても刺激的で、人生でまだ飲んだことがなかった飲み物があるというワクワク感を味わえるだろう。

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