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中村彝『藝術の無限感』初版で確認してみると


画室に於ける制作(『藝術の無限感』初版から)

 中村彝の『藝術の無限感』を初版(大正15年、岩波書店)で確認してみると、今、多くの人が読んでいるであろう「新装普及版」では、どうもおかしいなとか、疑問に思っているところが解決される場合がある。
 例えば、かなり重要な彝の画室を撮影した写真「画室に於ける制作」は、後者では「大正6年」とされているが、初版では「大正8年冩」とされている。さて、どちらが正しいか。
 僅か2年の違いであるが、この写真には多くの情報が含まれており、その違いは重要だ。
例えば、この写真に写っている作品の制作年の確認に関連してくるからだ。
 あるいは逆に作品の制作年が分かっている場合は、写真の撮影年が分かる。(今回はこの場合だった。すなわち、背景の制作年が分かる作品から、この写真は大正6年ではあり得ない。つまり、初版の撮影年が正しいのだ。)
 また、この写真には、ドガのパステルによる裸体画(プーシキン美術館蔵)の複製画が写っているが、これは彝がルノワールばかりでなく、ドガの裸体作品にも関心を抱いていたことを明確に物語っているからだ。(しかもこのドガの複製画は、他の写真にも写っている。)
 その他、初版から確認できたことには、こういうのもある。
 すなわち、伊藤隆三郎宛大正5年8月8日の書簡封筒に朱書きされている「(此文屏風ニ張ル)書翰集P.255」の意味は、「この封筒の中身は屏風に仕立てた。中身は『藝術の無限感』255頁のもの」ということが、初版の255頁を開くことによって、予想通りであることが確認できる。
 あとは、この屏風が発見されるのを楽しみに待つばかりだ。
 もちろん新装普及版にも美点は多い。新しい情報も含まれている。紙質もいい。私は専ら読みやすいこちらの版にお世話になっている。が、疑問が生じたら初版に当たってみることも大切だろうと思う。

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