レーシック手術を受けた話②

夢の裸眼生活がここから始まる...
という期待と
失敗したらどうしよう...
という不安を抱えながら眼科の扉を開けた。土曜日の眼科は手術外来専用となっており、とても静かだ。ポケモンで四天王戦に挑む前のような独特の緊張感がある。
名前を呼ばれるとガウンを着せられ、無駄にテンションが上がった。
「おお~!テレビとかでよく見るやつだ!手術っぽい!」
というなんともアホな感想を抱いた。思い返せば手術というものはこのレーシックが初めてだった。
そんな偏差値20状態の私に対して麻酔が行われた。全身麻酔ではなく点眼麻酔であり、麻酔用の目薬を滝のように点された。びっくりして瞬きをしてしまったが、矢継ぎ早に落ちてくる目薬の雫。鼻も口も開きっぱなしなのに溺れたような感覚に陥った。これじゃ世界一流量の少ない滝行である。
滝行を終えた私は目をつぶったまま手術室に誘導されていった。見た目は完全に夢遊病の人である。そんな私に向かって看護師が言った。

「雑菌が入るといけないので、ここからは絶対に喋らないでくださいね、お返事もしないようにお願いします。」

「ハイ!...あっ、すいません...」

反射的に返事をしてしまい、人との約束を破る最短記録を図らずも更新してしまった。なんなんだこのコントのようなやり取りは...
目をつぶっていたので分からないが、多分看護師はあきれ顔だったに違いない。人の言ったことには即座に大きな声で返事をするという体育会気質がこんなところで仇になるとは。
とりあえず必殺会釈をかましたが、それが相手に届いたかどうかは分からない。
手術台に寝かされたところでようやく目を開ける事を許された。

「ハイ、目え開けて~」

出た!!あの超高速関西弁ドクター!!!
私の視力を治してくれるという人に対して失礼極まりない事を心の中で叫んでいた。
目を開けるとなにやらバカでかい機械があり、その中心からは怪しげな緑色の光が点滅していた。ここでも数秒おきに点眼麻酔の滝行があったのだが、さっきと違うのは瞬きが出来ないように瞼を押さえつけられているのだ。これがなんとも歯がゆい気分だった。しかも瞬きしようとすると
「瞬きしない!!」
と結構な声量で怒られた。喉まで出かかった「すいません!」という一言をすんでのところで飲み込む。
「緑の光をずっと見ててくださいね~、目は動かさないで~」
手術中ということもあるのか、ドクターの早口関西弁は検査の時より幾分か穏やかだ。こういう一面もあるのかと感心したのも束の間、
「動かさない!!!」
と怒られる。ヒぃぃ。眼球を動かさずに一点を見つめ続けるというのはなかなか難しい。余計な考え事をして気を抜くとすぐに
「動かさない!!!」
というドクターの怒号が飛ぶ。座禅中に棒でしばかれるのってこんな気分なのだろうか。やっぱりこれ滝行じゃねえか。大声で怒られるのなんて高校野球以来だ。あの頃はすっかり怒号にも慣れていたのに、7年も経つとすっかり免疫は無くなっていた。
「なんでこんなに怒られてんだ...」
という思いが渦巻いた。流れ落ちる目薬には涙が混ざっていたのかもしれない。

肝心の手術内容だが、正直あまり分からなかった。一点を見つめ続けないとだめだし、滝行のせいで視界はつねにぼやけている。ただし
「あ、今なんかめくったな」という感じの視界の揺れとか、「何か眼球に当たっている」という感触はあった。痛くはないが多少気持ち悪いというのが正直な感想だろう。

唯一怖さを感じたのはレーザーで角膜を削る時だ。
「じゃあレーザー当てていきますねー」
という言葉を合図に
「ビイーーーン」
という音が鳴り、焦げ臭いにおいが鼻を突いた。「え?これ焦げてない?レーザー火力強すぎんじゃない?」という気持ちがあったのだが、口を封じられているのでもはや抵抗する術は無い。死人に口なし、レーシック患者に口なし。
怒られたり、不安に感じたり、期待を抱いたりとやたら心が忙しい手術だったが、両目で30分ぐらいの施術だった。
手術後も30分は目を閉じて休むよう指示され、休憩室で寝かされた。私の次にはもう別の患者が手術を受けているようで、あのドクターの
「動かさない!!!」
という怒号が私のところまで聞こえてきた。俺はもう終わったんだよな...アンタも大変だろうけど頑張れよ..!
と、顔の見えない同志に向かってエールを送り、休憩が終わるのを待った。

~つづく~

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