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画伯

わが家の画伯は小さい時から紙を大胆に使っていた。例えば、A4くらいの一枚の紙を渡すと、小さく何かを描き、それを描き終わったら次の紙を要求する。お絵かきノートを与えたら、1ページに一つ何か描き、裏は白紙。何ページも白紙で、突然また絵を描き始める。まばらに絵が描かれたノートがうちには何十冊もある。たぶんプロでもこんな贅沢な紙の遣い方はしないよ、と思うのだが、注意してもそのスタイルを変えようとしない。

荷物整理をしていたら、そんなノートがいくらでも出てくるのでうんざりする。しかし、昨日開いたノートにはページの真ん中にこの絵がぽつりと描かれていて、思わず笑った。

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おそらく小学校4年生か5年生ごろの絵だと思う。ノートの真ん中にちんまりと描かれたこの絵は稚拙ではあるが、イメージがわく。ゴオオオオ…と風の音なのか、この人が向かい風の中をゆく様子が伝わってくる。そして絵は下手だが、その真剣さが伝わってきて、なんだか「おかしい」。

ちょうど隣にオットが座っていたので、「見て、これ」とノートを渡したら、「なんだあいつ、本当にムダ遣いをするヤツだな。こんなノートの遣い方、ムダでしかない」と若干ご立腹だった。

「確かにそうかもしれないけど、この絵、味があって面白くない?」と聞いたら「いや。ただ下手なだけ。全然面白くない。どこがどう面白いのかさっぱりわからない」と言った。そうですか。

たぶんこの絵の人は和服姿の男性で、草履か下駄を履いている。向かい風の中をゆくのは、何か目的があって、決意があるのだ。画伯はキリッとした目を描こうとしていたんだと思う。そしてゴオオオオ…とわざわざ音を文字にしたのは、漫画の影響もあると思うが、斜めに描き記した風の流れだけではその迫力が出ないと思ったのだろう。

10歳かそれくらいで、一生懸命に浅い経験の中から表現をしようとしているのが、かわいらしいな、と思ったのだ。下手とか上手いとか、そういう視点だと、きっと箸にも棒にもかからない。ただ一生懸命なムスメの存在がその空間にあった。その事実がわたしを納得させ、笑顔にさせるのだ。



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