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ふりょう

またしても体調不良である。原因は明白で、『睡眠不足』と『しゃべりすぎ』である。睡眠不足をどこかでリセットしなければ。昨日、そのはずだったのに、できなかった。今夜なんとかしよう。

『しゃべりすぎ』は、今日、フリースクールで、ある生徒が話しかけてきたからだ。彼女は中学2年生。いつもおとなしくて、話をこちらから振っても3回に1回しか話が続かない。大抵は、「いえ」とか「はあ」とかで終わってしまう。会話が続くといっても、せいぜい3回くらいやりとりしたらそれで終了する。

ところが今日は、ちょっと違った。放課後の教室に残っているので、「今日はまだ帰らないの?」と聞いたら「この後、ダンスのレッスンだから、それまで時間を潰そうかと思って」という。なんと具体的な返答。初めてかもしれない。「レッスンまであと3時間近くあるから、ここで少し時間を潰して、スタジオの近くの喫茶店で勉強しながら待とうかなと思っています」と一気に言った。ちょっとした驚きだった。「どんなダンスを習っているの?」と聞いたら、「そうですね、ジャンルで言ったらhip-hopです」とはにかみながら答える。うっそ。と思わず声が出た。「そんな風に見えませんか?」といたずらっぽく笑って、いつもの彼女とはちょっと違って見えた。

わたしは今、tiktokでハマっている人がいて、その人のダンスを見るのが好きなんだよ、と自分のスマホを取り出して彼女に見せた。「わあ、うまいですね!すごい」と喜んでくれた。動画を2〜3本見た後、彼女は「わたしのダンスも見ますか?ぜんぜん下手なんだけど」と言って、スマホで動画を見せてくれた。そこには、普段ほとんど喋らず、バドミントンでも棒立ちになっている彼女はいなかった。キレのあるステップを踏み、手も足も頭も背中も、体の全部が踊っていた。なんちゅうギャップ。「すごいね!」

そこからは、彼女が積極的に話し始めた。「ピンクブラックって知っていますか?今ハマっているんです」と、動画を見せてくれて、「この薄紫色の髪の、この子が好きなんです」と教えてくれた。とにかく手足が長くてスタイルがよく綺麗な女の子たちが、ちょっとセクシーに、ハードな振り付けで踊っている。「足が長〜い!」とわたしが驚くと、ふふふと笑いながら、「かっこいいですよねえ」と相槌を打った。「BTSも好きなんですよ。お母さんが好きで、わたしも一緒に見ているうちに好きになったんです」と、次の動画を見せてくれる。イントロでバックダンサーが整列してフォーメーションが出来上がったら「ここからですよ!」と彼女が言った。次の瞬間、メンバー7人が次々と現れて、かっこいい振り付けでダンスが始まった。

高校生になったら、遠くの学校で寮に入って生活しようかと思っていることも話してくれた。わたしはちょっと感動してしまった。こんなことって、漫画や小説でしか知らない。普段、ぜんぜん喋らない子が、実はこんな特技があって自分の世界を持っていた、という驚きと、それを話してくれたという二重の驚き。新鮮だ。

それで調子に乗って、ついしゃべりすぎてしまった。わたしは彼女が帰った後、すっかりくたびれていることに気づいた。夢中になっていたからわからなかったけど、わたしはいつのまにか肩で息をしていたのだ。

体がガチガチだから、ストレッチをしないと。でも今日はもう、寝ないと。

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