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たけのこの里

「きのこの山とたけのこの里、どっちが好きですか?」と、文章教室の子に聞かれた。彼女は全員に同じ質問をして、きのこ派とたけのこ派の比率を調べているようだ。わたしはたけのこ派である。たけのこ派といえば、オット。彼は、お菓子じゃない方のタケノコ好きだ。

結婚してすぐの頃、先輩からたけのこをいただいた。先輩のご実家の山で採れるそうだ。オットは殊のほか喜んだ。新婚の場合、たいていは相手に美味しく食べてもらおうと張り切る。わたしも例に漏れず、いろいろとレシピを探し「たけのこのあっさり煮」の項目を見つけた。これは「黒酢を使って、さっぱりとした味に仕上げる」と書いてあった。もちろん、レシピ通りに作ったし、味見もした。うん、美味しいじゃないの。これいいわー。

その日の夕食、オットは食卓にたけのこが並んだだけでテンションが上がり、「おー♡」と聞いたこともないような声を出した。そして一口食べると、「うえええええええええ」と、これまた聞いたことのない声で叫んだ。
「なにこれ。まっず!食べられん!」

ショックで固まったわたしの前に、皿をグッと押し出した。そして「ふりかけあったかな?」と棚を探した。「あーあ、もったいない。普通の煮物でよかったんだよ。いや、新鮮なたけのこだったから、サッと炙ってわさび醤油で食べるくらいでもよかったのに。残念」と、ふりかけご飯を食べながら言うオットは、わたしが心の中で号泣していることなど気づかない。

食べ物の恨みは根深い。それから毎年、たけのこのシーズンになるとオットはその話をする。オットのリクエスト通りの味付けで作った煮物を食べながら「あんな不味いものよく思いついたな」と笑う。わたしが笑ってごまかすから、彼にとっては「妻が張り切って失敗した」笑い話なのである。これがいつまで続くのかと暗澹たる気持ちになり、わたしはいつしか、たけのこを恨むようになっていった。毎年「採れたからどうぞ」とくださる先輩を逆恨みする気持ちにもなっていった。

数年前、先輩が地元に帰って実家暮らしをすることになり、わたしのところへは、たけのこが届かなくなった。オットはひじょうに残念がったが、それ以来、わたしの心は平穏だ。そして、スーパーや八百屋の店先でたけのこを見かけても、知らん顔で通り過ぎる。

しかし、わたしはたけのこの里は好きだ。


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