なんなら、くださり、させていただきます。
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なんなら、くださり、させていただきます。

他人の言葉を添削するクセがある。重箱の隅をつつくようで、器の小ささを露呈するかもしれないが、どうしても、最近よく使われる「なんなら」がしっくりこない。「くださり」も「させていただきます」も、同じくらい違和感がある。

「くださり」の件は、なんとなく意味がわからないでもない。しかし、一方で「日本語いつからこうなった」という虚無感はつきまとう。そんな子に育てたつもりはない、俺の目が黒いうちはその敷居をまたぐな、くらいの威厳を持って接したい。でもね、みんな使うのよ。大好きな友だちもfacebookやtwitterで書いている。「いつも応援してくださり、ありがとうございます」「〇〇さんがおすそ分けしてくださり、ありがたかった」
なぜ「くださって、」と言わないんだろう。「り」の文字のフォルムが座りが悪いこともあって、なんだかムズムズしてしまう。

「させていただきます」も多用されるけれど、これまた気持ちが悪い。誤用というか、「読まさせていただきました」とか「見させていただきます」とか、どーよ、どーなのよ。と鼻息が荒くなる。『丁寧に言いたいけど、語彙が思い浮かばないから、動詞に「させていただく」をくっつけたら、丁寧になるでしょ』みたいに感じる。もちろん「〜させていただく」は日本語として間違ってはいない。ただ、使い方が気持ち悪いのだ。「お電話させていただきますので」と言って丁寧な雰囲気を出しているのだろうが、「お電話いたしますので」で、じゅうぶんではないかしら。食レポするタレントが「ではさっそく食べさせていただきます!」と言う。「さっそく、いただいてみましょう」でよくない??と思う。「召し上がれ」と言われたら「いただきます」でしょう。自分史上最大の体重を誇るオバハンは、シズルショットにうっとりしながらも、そのレポーターの言葉に、食欲が半減する。(体重増加に歯止めがかかるから、ヨシとするか)

しかし、ここ数年の中で、最大のモヤモヤを生むのは「なんなら」である。どれが正しいの?と思う。驚くほどの違和感。ただ、悔しいのは「誤用だろう」と思う例文がスッと出ないことだ。それくらい、自分からは遠い使われ方をしていて、覚えられないのだ。しかも、さらりと、さも当たり前のように文脈に紛れ込んでいる。当然ながら、みんなが当たり前に使い始めたら、いずれ語源とは違う用法でも意味が通じるようになることはわかっている。今は過渡期なんだろうな、と思う。でも、抗いたいのだ。これはもう、頭がかたくなっている証拠なのか?
ちなみにわたしの理解では、「なんなら」は「もしよかったら」に代わる語で「状況に則していけばこの代案も可」というニュアンスなんだけれど。「映画、いつにする?週末?なんなら来週でもいいけど?」みたいな感じ。それに対して「あれ?」と思う「なんなら」の用法は、「例えば」や「むしろ」の代わりに使われていることが多いように思う。(さっきから、しつこく例文を作る努力はしておるのですが、とにかく気持ちが悪くてスッと出てこない)

いつからこうなった、と思う。「テレビ」「ラジオ」「web」「雑誌」「漫画」などマスメディアの力は強い。全国津々浦々に、均一に情報が伝わり、誤用も「多数派」にしてしまう。わたし一人が片田舎で『日本語危うし』と思ったところで、守りきれないかもしれないが、これからも精力的に抗っていこうと思う。

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りかよん

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万年不定愁訴。ちっとも病みあがりません。