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きんぎょ

よく聞く話だが、子どもがどうしてもペットを飼いたいと懇願し、お世話は自分で全部するからと誓って親を口説き落としたものの、いつの間にかお世話をするのは、親になってしまっているケース。わたしには到底無理なので、ペットは飼わないできた。

フリースクールの教室で一匹の金魚を飼っている。わたしは就職してすぐに「金魚だけは無理です」とハッキリと伝えていた。金魚は苦手、というか、怖いのだ。水槽の掃除も、毎日の餌やりも、とにかく、絶対いやだ。担任の先生は「わかりました」と口では言ったが、それを忘れたのか、わざとなのか、ことあるごとに「水槽がだいぶ汚れてきましたね」とか「そろそろ洗ってやらないと」とか、やんわりとわたしに仕事を振ってきた。

夏休みは生徒がいないので、わたしがやるしかない。全身に鳥肌を立てながら、「これも仕事だ。これでお給料をもらっているのだ」と自分に言い聞かせながら水槽の水を換え、はびこった水苔を洗い流し、食べ残しの餌やフンで汚れたフィルターのヌルヌルを洗った。吐きそうだった。

2学期からは、生徒たちが自主的に掃除をするようになってホッとしていたが、彼らはこの春、卒業してしまった。そして、あろうことか担任も退任してしまった。誰が世話をするのだ。わたししかいないではないか。

今年の生徒は6人だが、全員が揃うことはない。いつも1人か多くても3人だ。どのタイミングでやればいいのか迷いに迷う。

今日は生徒がいなかった。数学の先生が「ヒマですね」と言うので、思わず、「水槽の掃除を手伝ってもらえますか」と頼んでみた。「まず、何からやればいいんですか」と聞かれ、あ、それじゃあまず、バケツに金魚を移してください、と頼んだ。はいよ、とばかりに腕まくりをするので、「いや、素手でなくていいです。網を使ってください」とすくい網を渡す。

とにかくその先生は、指示をすると、なんでも「はい」と、あれこれやってくれた。フィルターのドロドロになったスポンジも、水苔で緑色になったガラスの水槽も、底石の砂利も、全部サクサクと洗って、最後は素手で金魚を水槽に戻した。慣れているのかな、と思ったが、「うへえ。気色悪いっ。ヌルヌルですわ!」と言って手のひらをペーパータオルで拭った。

「けっこう、汚れていましたね。甘えてますよね。この水槽に住みたいなら、自分で掃除して欲しいですわ」と金魚を指差した。そんな奇妙な冗談を言って、先生は笑いながら教室を出て行った。

ありがとうございました、と先生にお礼を言いながら、わたしは次の掃除は一体どうしたらいいのだとすでに悩み始めていた。

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