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はらいせ

お昼ごはんを外食しようかとオットが言うので、わたしは二つ返事で出かけることにした。ムスメはゴロゴロしていたが、オットの気が変わらないうちにと急き立てて車にのせた。

店に入って、メニューを見た。いや厳密には、見ようとした。しかし、テーブルに置かれたメニューは、グランドメニューの一冊と、ランチメニューのペラ一枚だった。それを3人で見ることはできず、まずオット、それからムスメが見て、二人は注文するものを決めた。そして、わたしが見る番になった時、ムスメが「スマホ貸して」と言った。わたしはバッグの中のスマホを探した。あれ?おかしいな入れたはずなのに、とゴソゴソしていたら、オットはわたしが見ていたメニューを取り上げた。「まだ見てます」と言ったら「そっちのランチメニューから選んでよ」と言う。それでランチメニューを見ていたら、今度はそれを横から取り上げた。「まだ決めてないんですけど」と言うと、オットはムッとした顔で「早くしろよ」と。また理不尽なことを。

「決めようとしているのに、あなたがメニューを取り上げるからでしょう」と言い終わらないうちに「まだ?」と言う。「ああイライラする!」とかなり本気で声に出してしまった。このごろのわたしは、脳内メモリに空き容量がないらしく、思ったことがすぐにダダ漏れだ。オットも不機嫌になった。

こうなってしまったら、もう切り抜ける道がない。美味しく食べられるはずがないし、そもそもこんな気分で食べたいものが見つかるわけもない。しかし、わたしは小心者なので、この窮地を回避して円満に納める方法はないか、と考えた。適当に選んで、黙って食べて帰るとしよう。

「決めました」「じゃあ、店の人を呼んで注文しろよ。俺に言ってどうする」ああもうだめだ。これはもう、不可避である。全面戦争の勃発である。ただ、店内で言い争うのは大人として恥ずかしい。ムスメも可哀想だ。そこでわたしは店員を呼び、ムスメのオムライスと、自分のためにランチメニューの中から二番目に高い「サーロインステーキ丼」を頼んだ。オットの注文したハンバーグより300円高い。腹いせである。

たかが300円、されど300円。どれだけ威圧的な態度を取られようが、あなたには屈しないという意思表示だ。オットがどう思ったかは知らないが、とりあえず、わたしはそれで自分の不機嫌に折り合いをつけた。しかし、作戦はそこで終わらない。

サーロインステーキ丼が来て、わたしはムスメの皿に肉を取り分けた。オットにはセットのスープを丸ごとあげた。メニューを解体することで、「俺より高いものを食べやがって」を回避したのだった。

肝心の味はどうだったか、全く覚えていない。犬も食わないアホな夫婦のいざこざである。



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