かんごし

また夢を見た。いま読んでいる本の舞台が病院のせいだろう。夢の中で、わたしは看護師だ。薄いピンクのワンピースの制服を着ている。病院なのか、病院でないのかわからないが、建物の中に入っていく。すると、中はぐちゃぐちゃに散らかっていて、廃墟のようだ。しかし、人がたくさんいて、病院としての機能はあるらしい。

どのドアも汚い。そこを開けると何が待っているのかわからないが、怖い。わたしはスタッフルームのようなところに入り、箱の中に自分の荷物を収める。黒い布製のショルダーバッグの中には、黄色の二つ折りの財布が入っている。財布は以前使っていて、ボロボロになったので捨ててしまったやつだ。

照明はついていない。当直のようだ。わたしは暗い廊下を歩くが、そこもまた、使われていない机やイス、ガラクタが無造作に積み上げられたり、床に転がしてあったりする。歩きにくい。

今夜、何か催し物があるらしい。15号のケーキが入るくらいの赤い箱の表には黄色いキリンの絵が描いてある。その箱を手渡しながら、先輩が「この箱にオシッコを入れて用意をして」と言う。え!? 箱に、ですか?「そうよ」。なにかが始まるのは「夕方の6時だから、5時半になったら用意してね」と言われるのだが、わたしの尿意は待ったなしだ。まずいなあと思う。そもそも、どこでこの箱にオシッコを入れろと言うのだ。時計を見るとまだ4時半で、あと1時間も我慢するのか? いや、無理。トイレを探そう。

エレベータに乗る。ずいぶん古いビルなのだろう。エレベータのボタンが古めかしい。わたしは3階に上がろうと思っているところに、上からエレベータが降りてきた。ここは1階である。扉が開くと、中には表情のない背の高い女性が立っていた。彼女が降りるのを待つが降りてこない。わたしは中に入って、しまったと思う。B1のボタンが光っている。「下に降りるんですよね?」と訊くと「ええ」と答える。地下に降りるのはヤバい。わたしの直感がそう言っている。「あ、じゃあ一旦降ります」と出ようとすると、誰かがわー、待って待って。あーよかった間に合った、と言ってエレベータに乗ってくる。見たことのない人だったが、わたしは「地下に行くから乗らないで」と言って押し出しながら、自分も降りる。ドアが閉まって、スッとエレベータが下がっていくのが見えた。扉のガラスから光が漏れていて、それが異様に冷たく、不気味だった。

戻ってきたエレベータには、さっきの女性は乗っていなかった。わたしは3階のボタンを押し、3階のフロアで降りた。ここも真っ暗だ。さっきよりもめちゃくちゃに散らかっている。だが、人は多い。みんな神妙な顔つきだ。誰も言葉を発しないが、それぞれの家族が危篤なのだとわかる。病人が寝ている部屋からは、明かりが漏れている。白いベッドの中に横たわる人が見える。単調な機械音がする。この人は、安定しているな、と思う。

わたしはスタッフルームにバッグを取りに行きたい。ところが、どの扉を開けても、その部屋ではない。大した金額が入っているわけではないが、あの財布とバッグは思い出深いので、盗られたくない。中身はあげるから、財布は返して欲しい、と口に出しながら、ドアを開けていく。どのドアを開けても、今度は亡くなった患者さんを囲む親族が見えた。顔に白い布をかけられ、頭の上の方にろうそくが灯されている。いかん、と思い、ドアをそっと閉める。次の部屋もまた、同じだった。

わたしはとうとう、事務員を見つけ、尋ねる。「スタッフルームはどこですか?」すると、その女性事務員は「ああ、わかりにくいよね。フロアの端っこにあるのよ。元々はトイレだったところ」と教えてくれた。

なに!? トイレだったところに部屋があるなら、トイレはどこなんだ? わたしはここぞと思うドアを開けた。そこは紛れもなく「元トイレ」で、タイル貼りの壁や床がそれを物語っている。手洗い用の洗面台が二つ並んでいるが、その上には板が置かれ、誰かの私物が並んでいた。床には二組の布団が敷かれ、今までそこで仮眠をとっていたであろう形跡があった。個室や便器は見当たらないから、たぶん撤去されたのだろう。きちんと掃除され、不潔な印象ではないが、こんなところで仮眠とは…と、わたしは「ブラック企業め」と思いながら別のフロアに移動しようとする。今度はエレベータを探すが、見つからない。

別フロアに行くと、友だちがいた。お母さんが癌で死期が迫っていると言う。親族はそれを伝えずにおきたいらしいが、お母さんは勘がいいのですぐにバレるだろう。悩む友だちに協力できることはなんでもするよ、と言う。

場面が変わって、わたしは小さいムスメと一緒にいる。赤ちゃんのムスメが「抱っこ」と言った。わたしが抱っこすると「アレして」と言うのだが、「アレ」の意味がわからない。それにしても、赤ん坊のくせに、ムスメの顔はひどくしっかりしている。あれ?この顔はうちのムスメじゃないぞ。誰?

そこで目が覚めて、天井が見えた。わたしは誰だ。ここはどこだ。しばらくわからなくて、本当に夢から醒めるまでには時間がかかった。


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