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はだしの

早朝、外に出た。向こうからやってくる女性が異様なオーラを放っている。裸足だ。泣いている。まだ10代に見えるが、高校生くらいか、それよりも年上だと思う。ボサボサの長い髪。黒いジャケットを着ているが、あちこちほつれている。その中に着ているのは部屋着のようで、どう見てもどこかから飛び出してきたとしか思えない。あるいは何かから逃げているのか。

すれ違いざま「大丈夫?」と声をかけてしまった。失敗である。こんな時には「大丈夫?」は適切ではない。「どうかしましたか」「何かありましたか」が良いとされている。しかし、とっさに口から出たのは「大丈夫?」だった。その女性は本当に微かにうなずいた。そしてわたしの目の前を通り過ぎていく。その後ろ姿に、もう一度「大丈夫?」と声をかける。するとまた、微かにうなずき、「うん」という声がした気がした。いや、もしかしたら「うっ」という嗚咽だったのかもしれない。

どうしたもんか、と数秒考えた。すると今度は、彼女が来た方向から、また女性が走ってくる。この人も裸足だ。そして、さっきの女性とすごく似ていて、ボサボサの長い髪で、体型もそっくりだ。年は40代くらいに見えた。着ている服はやっぱり部屋着で、スカートは破れて穴が開いている。わたしの横を通り過ぎる時、歩調に合わせて「ふん、ふん」と鼻息が聞こえた。息が切れているのかもしれない。その横顔は怒っているというよりは、緊張感と心配の方がまさっていて、困惑の色も見えた。

黒ジャケットの女性に追いついた女性は「待ちなさい」と声をかけ、腕を取った。そして、くるりと向きを変え、もと来た道を戻って行く。「ほんとうにもう!」というような声が聞こえ、その次に「困るから」と聞こえた。

お母さんか、血縁の保護者か。顔立ちがすごく似ていた。彼女を連れてどこへ帰るのか。家なのか、何かの施設なのか。それはわからない。なんで泣いていたのかもわからないし、どこへ行こうとしていたのかもわからない。

わからないことだらけだが、裸足で飛び出すほどの感情の起伏があって、それはまた、裸足で追いかける必要があるほどの緊急性があったということはわかった。

通報したほうがいいのか、それとも…。と考えているうちに、彼女たちは遠くなっていく。事件性はないのか。事件の引き金にはならないのか。事件でなくても、どちらかが何かの被害を被っているのではないか。そんなことを考えたのだが、手立てがなくて、茫然と立ち尽くすばかりだ。

こうやって、社会から見捨てられたと思う人が増えていくのではないか。わたしもその見捨てた側にいるのではないか。


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