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友だちからおすそ分けに梨をいただいた。しかも、品種は懐かしい『二十世紀』である。このところ、おいしい梨を食べたことがなかったので、たいへん嬉しい。無類の梨好きのオットは「こんな高いものを!」と言って驚いた。見た目はそうでもなかったが、心の中は小躍りしていたに違いない。

オットの母は真面目で律儀で心配性である。その性質がよく現れているのが、梨についてのエピソードだ。
お母さん(オットの祖母のこと)から梨が送られて来た。箱を開けてびっくり。とっても大きくて、みたことのない梨だった。それは『新高』という品種。大きくて重いし、美味しそうだった。大家さんにひとつ、お隣にひとつ、とおすそ分けした。ご近所づきあいが濃密な昭和の時代。そんな珍しいものがあったら、日頃から親しくしている間柄にはおすそ分けしたいが、バランスも大事だ。あの人にあげて、この人にあげない、というわけにもいかない。結局、母は全ての梨を人にあげてしまって、自分の家族の口には入らなかったそうだ。

それを梨の季節になると毎回話す。わたしは笑い話として聞いていたが、もしかしたら、お母さんはその梨のことが心残りなのではないか?

そしたらひとつ、わたしが送ってみるか。と思ったが、母は今、入院中である。病院は、正当な理由がなければ見舞いを許可しない。さらに、食事をコントロールする必要があるので、食べ物の差し入れはできない。

親孝行したい時には親は梨。…あれ?変換が。

母が梨のおいしい季節に退院してくれることを祈っている。

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