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SLEEP

眠るということは、リセットと似ている。こんがらがった糸をほぐすように、わたしの脳内をシンプルにしてくれる。でもそれは、本当によい眠りの時だけ。あとは疲れの残った嫌な朝を迎えることになる。

学生時代、ぐっすり眠れたことがない。多々理由はあるのだけれども、その「理由」の複合体として、わたしは毎晩のように「金縛り」にあっていた。そうなると、もう夜眠るのが怖くなる。ギリギリまで起きていようと思って、朝を迎える。朝はいい。なんとか起き上がって学校へ行く。しかし、昼間が最悪だ。眠くて死にそうだし、体も頭も動かなくてボーッとする。

そのことでずっとずっと悩んでいた。わたしの耳元で高笑いする女の人や、頭のあたりを爆音で走り回るバイクや、首を締めたり、重くのしかかってくる黒い物体に苦しめられた。時にはものすごく強い光を浴びせられて、扉の向こうから銀色に光る何かが入ってくるようにも見えた。体はもちろん、指先すら一ミリも動かないし、声も出ない。たいてい、口が開いていて、閉じようと思っても動かない。口からわたし自身が引き抜かれるような気がして、口を閉じたいのだが、顎が動かないのだ。隣の部屋に家族がいても、助けを呼べない。いつになったらこの悪夢のような日々が終わるのだろうか。これが死ぬまで続くのかと思うと怖かった。

その頃、最も辛かったことは、わたしの訴えを誰も信じてくれなかったことだ。「夢でしょ」という人、「大変だね」と引く人、「疲れているからだろう」と決めつける人。

今でも時々、そんな夜がある。前ぶれとして、必ず耳鳴りがする。誰かが覗き込んでくることもある。先日は、わたしの枕元に赤いプラスチックのバケツを被ったベイマックスみたいな大男が黙って立っていた。向こう側が透けて見えていて、これはいかん、とわたしは焦った。力の限り、父を呼んだ。お父さん、と呼んでも声は出なかった。なぜ父を呼んだのかはわからない。オットでも、ムスメでもなく、父を呼んだ。

次の瞬間、金縛りが解けて、わたしは目を開けた。暗い部屋には誰もいなかった。妙に静かで、表からブーンと車の音がして、天井に光がスーッと走り抜けた。

なんの不安もなく眠れることと、あたりまえのように目が覚めることは、どちらもありがたいことだと思う。


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