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せんてい

わたしは借家に住んでいる。大家さんの家はすぐそばにある。

敷地の木は前・大家さん(現・大家さんのお父さん)が植えたものが3本。木の名前は知らないが3本あり、常緑樹で成長が早い。1年に1回、剪定のために現・大家さん家族がやってきて、ジャキジャキと枝葉を落としていく。

枝葉が茂ってくると、近所に口やかましい人がいて、曲がり角の視界が遮られるから、切ってくれと苦情がくるのだそうだ。それで、大家さんは快くそれを受け入れ、結構大胆に切ってしまう。

実はわたしが「これ美味しかったから、家で収穫できたらいいな」と思って勝手に種を植えた枇杷の木がある。スクスク育って2メートルくらいの高さになった時、葉も立派に茂ってきたため、苦情が来たらしい。大家さんはわたしの目の高さくらいまで幹を切ってしまった。それからというもの、葉は茂るが、花が咲いたり咲いたり実が付いたりすることはなかった。仕方ないといえば仕方ないことだが、強剪定されるのだから、花のつく枝まで切り落とされている。実がつくはずがない。残念に思いながら、毎年寂しく木を眺めていた。

昨年はコロナのせいで大家さんはこなかった。すべての木が盛大に茂った。なんとなく、家の周りがモサモサしてきて、ワイルドではあるが、ちょっといい感じの佇まいになってきた。今日、大家さんの息子さんが「すみません、随分ほったらかしにしてて。これから切りますね」とやってきた。はい、よろしくお願いします、と言ったものの、本心は、そこまで切って欲しくはなかった。

家の中にも、ジャキン、ジャキン、という高枝切りバサミの音と、バサッ、バサッと枝が落下する音が聞こえていた。

なんとなく表に出てみたら、大家さん(枝を切った人のお母さん)が枇杷の枝を持っていた。見れば、まだ青いが、びっしりと実がついている。そして、肝心の木の方を見れば、なんと、丸坊主である。枝も葉もない。

「枇杷は成長が早いですねー。こんなに実がついていたのにもったいないけど、この人が切り落としてしまって。でもこれ、お宅で植えたわけじゃないんでしょ?」と大家さんに言われ、「ええまあ…」と答えてしまった。

あの美味しい茂木枇杷は、やはり買うしかなさそうだ。


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