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いんしゅ

珍しく、高いお酒を飲んでいる。

若い頃に行きつけだったバーのマスターが亡くなって、そのお別れ会に行ってきた。お別れ会といっても儀式のような形ではなく、お店のカウンターに飾られた写真を見て、遺族の方とちょっと言葉を交わす、というものだった。入れ替わり立ち替わり、お店の常連だった人たちが現れ、店を後にする。

夜の店だから、昼間の明るいうちに店内を見るのは初めてだった。ご遺族が荷物の整理をされたようで、奥のテーブル席にはマスターの遺品というか、お店の遺品がずらっと並べられていて、どれでも持ち帰って良いということだった。

あの頃、間接照明とティーライトで手元がほんのりと明るく、お客さんの顔はその照明とマスターとのおしゃべりのせいで、フワッと輝いていた。壁面にはプロジェクターで往年の名画が投影され、ジャズやボサノバなど、マスターの好きな音楽が低く流れていた。わたしが通っていた頃は、ちょうど溝口肇にハマっていて、繰り返しそのアルバムが流れていた。バーシアにハマっていた頃もあって、勧められるがままにわたしもCDを買って、繰り返し聴いていた。

主人を失った店の佇まいは、どこか抜け殻のように見えた。とはいえ、懐かしい紙マッチ、コースター、カウンターと椅子など、マスターの笑顔を思い出させた。タバコのヤニで茶色く煤けた壁紙も、わたしが通っていた頃よりも色が濃くなっていた。37年間、ずっとファンが通い続けていたのだ。今日のように、入れ替わり立ち替わり。

帰りぎわに、「お酒もグラスもひとつずつもらってください。どうせ処分しないといけないので」と声をかけていただき、迷った挙句、このウイスキーを選んだ。中身は瓶の底から3〜4センチくらいしか残っていなかったが、下戸のわたしがマスターに献杯するには十分な量である。グラスもかなり迷ったが、当時を思い出させるグラスは見つからず、一番手前にあったものをいただいた。今になって思い出したが、わたしが一番よく飲んでいたのはジントニックとハイボールで、縦長の円筒形のグラスだったな。ボトルキープをしていた時期もあって、毎晩のように寄り道して帰った。

最後に連絡をしたあの時、思い切ってお店に行けばよかった。
「はい、どうぞ」とカクテルを出してくれるあの笑顔はもうない。

マスター、どうぞ安らかに。

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