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ちゃのみ

実家に帰ると、トレイが極端に近くなる。寒さのせいかと思っていたが、どうやらそれは「お茶を飲む」ことが原因だとわかった。

居間に座ってテレビを見ていると、お茶を入れてくれる。おやつに甘納豆なんかをつまんでいると、お茶のおかわりを入れてくれる。あの家はエンドレスでお茶が出てくるのだ。そして、いい茶葉を使ってるのか、とてもおいしい。ついつい、飲んでしまう。実家は茶飲み家族なのだ。

お茶といえば、小学校の4年生の時のこと。家庭訪問の日、あらかじめ祖母が「ここにお茶を置いておくから、先生が来たら出すんだよ」と言った。お盆には、蓋つきの湯呑み、急須、茶筒が用意されていた。わが家に給湯ポットがあったかどうか、思い出せない。もしかしたら、ヤカンにお湯が沸かしてあったのかもしれない。

先生が来て、玄関の上がり框に腰掛けて、祖母と話をしていた。祖母が「お茶持ってきて」とわたしに声をかけたので、わたしは『お茶』を持って行った。茶筒の中にお茶が入っているのだから、これだ、と思ったのだ。わたしが茶筒を差し出すのを祖母はがっかりした表情で迎え、先生は一瞥すると「それでは、この辺で」と立ち上がった。祖母が「あら先生、お茶を…」と言いかけたら「いえいえ、次のお宅がありますので、結構ですから。失礼します」と言って、出て行った。

祖母は「せっかく用意しておいたのに」とぼやいた。きっと、わたしにお茶を出させて、しつけの良い気の利いた小学生を演じさせるつもりだったのだろう。もっと適切に指示しておいてもらえたら、わたしにもできたと思うが、「わかるでしょ。お茶を持ってきてと言ったら、湯呑みに注いだお茶のことだよ」とあとで言われても、わたしに責任があるとは思えない。祖母は「きっと先生は、ダメな子だと思って帰って行ったよ」とため息をついた。わたしは「自分はダメな子なんだ」とショックを受けて、しばらく苦しんだ。何しろ、あの時の先生の含み笑いとチラリとこちらを見た時の目の感じが、すごく冷たかったのだ。そして、次の家で、そこの子を褒めちぎって帰ったというから、ダメなわたしと比較したんだ、と思った。

今ならわかる。ダメな子ではない。わたしは頭の回転が悪い子だったかもしれないが、指示が的確でなかっただけのことだ。祖母はわたしをかいかぶっていたのだ。「この子なら、きっとわかるし、できる」と。おばあちゃん、期待に添えなくてごめんよ。

先日、オットも一緒に実家に行ったのだが、帰ってくるなり「あなたの実家の湯呑みは、お茶が湧いてくるのか」と言っていた。ちょっと目を話すと、湯呑みにお茶が満たされている。「あれ?さっき飲み干したのに」と思って、また飲む。しばらくすると、またお茶が満たされている。しかも、気づかぬうちに。その繰り返しですごくトイレに行きたくなった、と言っていた。だよね、とわたしは相槌を打った。

さて、お茶でも飲むか。


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