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けっこん

「今日はもう、とっても疲れていて、なんにも作りたくないんだよね」と言ったら、オットが「じゃあ餃子を買ってきてください」と返してきた。おい。じゃあってなんだよ。疲れてるからなにもしたくないって言ってるんじゃんか。なんで雪のチラつく超寒い夕方にわざわざ外に出て行って、あなたの食べたいものをわたしが買って来なきゃならないんだよ。と、心の中で毒づいた。

とはいえ、オットも早朝からの仕事で疲れているのだ。歩み寄りも必要だろう。「じゃあ、そこのラーメン屋に行きますか?」これ、大正解じゃない?ラーメン屋は徒歩2分。餃子もあり、ラーメンもうまい。「うーん」なんだその芳しくない相槌は。

「ステーキ丼でも買いに行こうかな」と言い出すオット。餃子の線は消えたのか。「でもなー、あの店は外で待たないといけないからなあ。寒いから車で行くしかない。でも一方通行だらけで、面倒くさいんだよなあ」そうでしょうよ。ここらは一方通行ばかりだ。「じゃあ、あっちの定食屋に行きますか?」「定食屋には餃子がないじゃないか」「いや、今、ステーキ丼って言ったよね?餃子じゃなくてもいいのでは?」「やっぱり餃子がいい」そうですか。餃子…スーパーに行けば冷凍ものも売っているけれども。うーん。

はっ。「駅前の餃子屋は?」わたしは名案を思いついた。と、思った。「あそこは居酒屋じゃないか」もちろん。餃子居酒屋だ。テイクアウトもできるから、買ってくればいいじゃないか、と思った瞬間、矛盾に気づく。誰が買いに行くのか。そもそもわたしは行きたくないのだ。テイクアウトの話をしたら「じゃあ買ってきて」となる。あっぶねー。

「通り向こうのラーメン屋には餃子はないの?」と聞いてみた。「あそこはないと思うよ。麺類だけのはず」そうか。「どっちにしろ、外食するならもう行かないと、どこも8時には閉まってしまうぞ。もうそこのラーメン屋でいいか」とまとめたオット。ところが家を出てラーメン屋の前まで来たら、「やっぱり、出たついでに通り向こうのラーメン屋の、辛味噌ラーメンにしようかな」とか言う。餃子やあらへんやんか。どうなっとんねん。心の中はエセ関西弁の悪態で充満している。もうええわ、と覚悟を決めて歩き出したところで、「あっ。マスクを忘れてきた」とオットが家に引き返すと言う。「もう、そこのラーメン屋でいいから、先に入ってて」と言い残してオットは家に戻った。この数十分のすったもんだはなんだったのか。

ラーメン屋に入ると、「あ!りかよんさんだ!」と、小学生の姉妹に声をかけられた。文章教室の生徒さんがママと一緒に食事に来ていた。「わー、奇遇だねえ」なんて挨拶をした後、わたしは餃子を注文した。

遅れて来たオットと餃子を食べて、ビールを飲んだ。オットはラーメンも食べた。食べ終えると、オットはわたしに千円札を一枚渡した。残りは払ってねというわけだ。オットは先に店を出た。会計を済ませ、小学生たちに「またね」と声をかけたら、ママが笑いながら言う。「この子たちがりかよんさんて、ケッコンしてるの?って驚いてました」あはははは。笑うしかない。

店を出ると、オットはもうとっくに先を歩いていた。わたしはオットに追いつこうと早歩きしながら「あれが、わたしがケッコンした人なんですよ」と、声に出してつぶやいた。オットは一度も振り返ることなく、駐車場の角を曲がっていった。



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