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あのおじさんは誰だったんだろう

わたしは海辺の別荘にいる。子ども連れの友達が数組一緒にいるので、幼稚園の仲良しグループでのお泊まり会だろう。わたしは焦っていた。とにかく、トイレに行きたいのだ。どこだ。トイレはどこだ。

トイレは一階にも二階にもあって、すぐに見つかった。なんと、一階に個室が3つ、二階にも2つあった。しかし、そのどれにも扉がなかった。個室とは言えない。どのトイレも、便座が上がっていて、便座は赤や青のギンガムチェックの模様だった。白い便器にギンガムチェックの便座。可愛い。
いや、可愛いが、今は扉の方が重要だ。

ムスメの友だちの男の子が走り回っている。向こうに行ってて、と人払いをし、ちょっとの間に用を足そうと試みるが、最初の個室は便座が可愛いのに、便器が汚れている。次の個室は床が濡れていて、靴下が汚れそうで入れない。次の個室は便座を下ろすと、裏側はギンガムチェックなのに、表側は木製で、流木のようにゴツゴツとひび割れていた。座るとお尻にささくれが刺さりそうだ。あかん。どこで用を足せというのか。

二階に急ぐ。よかった、トイレも清潔だし、人もいない。扉がなくても、ここで用を足そう。わたしは素早く座った。そして用を足したつもりだった。外に出ると、またすぐにトイレに行きたくなってしまった。慌てて戻って、また便座に腰掛ける。が、トイレを出るとまた、膀胱からの尿意がわたしをトイレに引き戻すのだった。わたしの体はどうなってしまったのか。焦る。

ところで、ここは一体どういう場所だろう。そう思っていたら、シルクハットを被り、タキシードを着たおじさんが現れ、ご案内しようと杖を振った。
えー、あのヒゲ、ダリみたいじゃん。あのメガネ、片一方しかレンズがないやつじゃん。なんだこの絵に描いた怪盗のようなおっさんは。誰なの。

「いやあ、ここはしばらく使っていない間に、すっかり荒れてしまってね」そうか、この別荘の持ち主か。

ここが浴室。そう言って扉を開けたおじさんが「ああ」と驚いた声を出した。そこは大浴場と言ってもいいくらいの広さと豪華さだったが、一面、水草に覆われていた。緑の葉が瑞々しく揺れている。室内は蒸気で白く曇っていて奥までよく見えなかったが、まるで熱帯雨林のジャングルのようだった。おじさんは杖の先で水草をピッと引っ掛けて持ち上げ、ピシャッと水面に叩きつけた。「放っておくとダメだな」と背を向けて浴室を出た。

わたしは相変わらず、尿意と不安に苛まれていた。このおじさんの後を歩いているうちに、漏らしてしまうのではないか。しかし、トイレに行きたいとは言えない雰囲気だ。

あちらこちらで子どもの声がする。ムスメたちが遊ぶ声だ。おかあさーん、おかあさーん、と誰かが呼んでいる。その声は男の子で、わたしのことを呼んでいるわけではなさそうだ。でも、その次の「おかあさーん」という声でわたしは目が覚めた。

時計を見ると午前3時半だった。外の明るさは、月なのか、街灯なのか。窓からうっすらと青い影が差し込んでいる。そして次の瞬間、膀胱がぱんぱんに張っていることに気づいた。夢の中の尿意はこれだったのか。それにしても、よくおねしょをしなかったなと思いながら、わたしは階段を降りて行った。



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