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デザインは経済的な価値を超えられるのか

デザインの歴史をたどると、デザインの発達に産業・商業が大きな外部要因として存在しています。例えば、近代アメリカのデザイン文脈だけをみても、インダストリアルデザインにおけるレイモンド・ローウィやウォルター・ドーウィン・ディークから、デザイン思考を提唱したIDEOのティム・ブラウンまで、デザインがビジネスに関与しながら大きく発展してきたことがわかるかと思います。

現代日本で見渡してみても、自分の所属するデジタルの世界では、デザインが事業価値をどう押し上げるか?ということを示すため、ウェブ黎明期からパイオニアとして業界を切り開いてきてたようなデザイナーの先輩方が日々力を注いでいます。多くの場合、サービスの”ユーザー”にとっての体験価値を磨いていくことを通じて事業価値=経済価値を高めることで、デザインの価値を示していることにつなげているのかと思います。

デザインが経済的な価値を高めることは公共に属する機関においても認められつつあり、日本では経産省が2020年に出した「デザイン経営宣言」ハンドブックで、デザインの価値や意義をビジネスパーソンのために説いています。イギリスのデザインカウンセルでは、実際に2016年にはデザインが852億£の粗付加価値(減価償却費を含めて、積上法で計算した付加価値)に貢献したことを報告しています。また、デザインカウンシルが新規事業開発やユーザー主導のアプローチなどを支援した企業では、デザインに1£投資するごとに平均で20£の収益上昇、4£の利益上昇のリターンがありました。デザインに投資した結果起こった経済的な影響が数値として表れています。

このようにデザインが経済的な価値に寄与することが社会に対して証明され認められつつ一方で、PUBLIC&DESIGNのメディアの記事で様々な取り組みを紹介しているように、デザインは社会的・公共的な問題や環境危機に対する厄介な問題に対しても解決にむけて前進させていける力があると、私は信じています。例えば直近では、環境気危機に取り組むNew European Bauhausの運動が発表されるなど、社会・環境課題の解決のための解決に大きな注目が集まっています。

しかし比較的数量で捉えやすい経済的な影響と比較すると、このような課題に対して取り組んだ際の影響を測定することは時間軸も長く変数も多いため難しく、一般化された完全な方法論が確立しているわけではありません。

測定ツールの種類

マクロな視点で価値の測定を行う概念やアプローチの多くは経済学の分野から生まれてきています。多くの学者だけではなく、政治家や市民、さまざまなステークホルダーが、社会が目指す価値の観点から多くのアプローチを求めています。「経済以外の価値をどう測定するのか?」という関心のもと、新しい測定フレームワークが生み出されてきました。社会的価値・環境的価値を把握するためのフレームワークは大きく2つ「定量的なアプローチ」「定性的なアプローチ」が存在しており、定量的なアプローチはそのなかで貨幣的なもの・非貨幣的なものに分類することできます。

✋非貨幣的なアプローチ
LCA(Life Cycle Assessment or Life Cycle Analysis)、エコロジカルフットプリント、構造化された調査、スコアカード、多基準分析、QALY(質調整生存年)、DALY(障害調整生命年)、ヴィジュアルアナログスケール、ポイントベースおよび類似の重み付け、MSC(モスト・シグニフィカント・チェンジ)、順位付けおよび重み付け、ケイパビリティアプローチ、選択モデル(順位づけ、評定、一体比較法)、審議型多基準分析 など
💸貨幣的なアプローチ
顕示選好法、コストアプローチ、選好意識法(オークションゲームなどを含む選択行動)、便益移転、ウェルビーイング評価、ウェルビーイング評価と選考意識法のハイブリット、審議型貨幣的評価(DMV)など

一方、定性的なアプローチを用いて社会的・環境的価値を評価するためには、アンケート調査、専門家インタビュー、ケーススタディ、インタビューの引用、社会的/自然資本の変化に対する感情表出の評価、インタビュー、変化の理論など、一般的な定性ツールが適用され特定の文脈に合わせてどのツールを利用するかを調整します。

上記の手法をさらに具体的に事例としては、経済的な費用便益分析を社会的及び環境的インパクトまで含めて拡張したSCBA(Social Costs Benefit Analysis)、OECDのウェルビーイング評価、JPモルガン&ソーシャルモビリティ財団の定性インパクト測定のアプローチ、事業活動のバリューチェーン分析を拡張したインパクトパスウェイなどがとり挙げられています。実践では量的なアプローチと質的なアプローチの両方を混合したものが求められ、評価の専門家がいることが望ましいとされています。

以下具体的なプロジェクトごとに、プロジェクトによる社会への影響とその計測方法を見ていこうかと思います。

視覚障害者の自律した移動を支援する、オーディオナビゲーションツールのデザイン

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 引用:wayfindr

Wayfindrは、視覚障害者のために地下鉄駅内を案内するオーディオナビゲーションシステムです。ロンドンの公共交通、主に地下鉄は、東京のように複雑で目的地にたどりつくためのルートを探すのが困難です。プロジェクト前にロイヤルロンドン盲人協会が調査したところ、視覚障害者の1/4が地下鉄を含む公共交通の利用に不安を感じていました。

Wayfindrではビーコンを利用することで、地下鉄駅内で歩くユーザーの位置を正確に特定し、「今何段ある階段の何段目を登っているのか」「プラットフォームの右・左にあるのはどの列車か」「いまのっている電車はどの駅に停車しているかのか?」などをユーザーに音声で伝えるシステムです。ロンドンのデザインスタジオUstwoとともにデザイン主導で行われたプロジェクトです。

計測方法
このプロジェクトでは、プロジェクト開始当初から測定が行われています。プロジェクトに対して厳密な定性影響測定が行われた上、プロジェクトに関わった慈善団体が、独自で追加で影響分析を行われました。また、実験前・実験後・実験外のプロセスに沿って、プロジェクト関係者に対して複数回のインタビューがおこなわれています。この際、ウェルビーイング調査として、WarwickEdinburgh Mental Well-being Scale(WEMWBS)という手法を利用しています。

市民への影響
Wayfindrを利用することで、視覚障害者が1人でも安心して外出できるようになりました。その結果、自分に自信がつくことで、社会への参加する機会が増えました。さらに良い結果として、通勤に対する敷居が下がり自信がついたことが、雇用機会の増大へと繋がりました。

コミュニティへの影響
このプロジェクトでは視覚障害者のニーズを受け入れ、より包括的な社会をかたちづくっています。より多くの人々が、労働を通した社会参加が可能となり、自分の才能を発揮できることとなりました。労働力の多様性は、イノベーションが促進され新しいビジネスの創出につながります。

地方自治体でホームレス化を予防するためのデザイン

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引用:designing homelessness/uscreates,Newcastle City Council

イギリスのNewcastle・Lewishamの地域では、ホームレスが年々増加していました。状況はますます悪化していくと予想され、ホームレスの数を減らすために解決策が必要とされていました。デザインのアプローチを利用し、ホームレスや行政職員・コミュニティの利害関係者などとデザイナーが一丸となり、ホームレスの人々が直面する問題を特定し、対応するアイデアを生み出しました。例えば、緊急時に短期的に滞在する場所を用意することや、ホームレスに直面している人々が利用できる共同住宅の選択肢を増やすことなど様々などを提案しています。このプロジェクトではUscreates(現FutureGov)が関わっています。

計測方法
統計資料・WEMWBS(well-being survey with a combination of Warwick-Edinburgh Mental Well-being Scale)を組み合わせたウェルビーイング調査、施策前・施策後・施策外のプロセスに沿って実施されたインタビュー、失望度尺度などの指標を組み合わせたフィードバック調査、健康状態の悪化の減少・活動性の増加・自立性の向上を調査せうる厳格なRCTなど、様々な計測ツールが組み合わせて使用されています。

このようにして統計データが収集されていますが、このプロジェクトでは典型的な性的測定のみ行われています。

個別プロジェクトレベルでの影響
ホームレスの数が減少しました。例えば結果の1つとして、Lewishamではホームレス予備軍の人々がホームレスになるのを防止する件数が44%改善されれました。このような数字により、エビデンスをもとに公共サービスの体験が向上されたと実証されました。

サービスレベルでの影響
サービスのプロトタイプ検証に対して4000万ポンドの資金を集める影響がありました。また、プロトタイププロセスの一環として現場スタッフがトレーニングを受けたところ、スタッフのサービス提供の質が上がりました。

システムレベルへの影響
ホームレス化を予防するための仕組みが法律に組み込まれました。

他のデザインプロジェクトへの影響
・プロトタイプのフェーズで、4000万ポンドという額の支出を行なったことは、他の公共事業におけるデザインプロジェクトに大きな影響を与えました。失敗が許されない文化であることが多い行政の中で、プロトタイプに多額の金額を投入したことでプロジェクトが成功した事例となりました。

・関わった人たちの中でで関係性が構築されたので、次のプロジェクトが進めやすくなりました。プロジェクトを通して知識やスキルを取得した関係者たちが、次のプロジェクトでその知見を活かすことが可能となりました。

・デザイナーはプロジェクト開始当初に期待されていたことよりも多くのことに関わったため、プロジェクトを促進する権限を与えられました。さらにこのプロジェクトに関わったホームレス支援の団体MHOGでは、デザインの重要性を評価し、団体にデザイナーを2人採用しました。

COVID-19との戦いで最前線で働く医療従事者のための防護マスクをイギリス現地で製造するシステムのデザイン

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引用:Forbes

COVID-19のパンデミックの影響下、中国工場の閉鎖などにより、中国から輸入しているマスク不足が深刻化しました。イギリスの医療の最前線で働く医療従者のためのマスク不足に対して、緊急で対策を練る必要がありました。通常、フェイスマスクは中国で製造されており、注文してからイギリスに届くまで、長い日数がかかっていました。

イーストロンドンにある3DデザインスタジオBatch Worksは、もともと家庭用文房具やデスク用品などを主に制作していましたが、NHSが緊急に必要としている医療用品の生産を現地化することに注力しました。3Dプリントを利用した”配布型フェイスマスク”のデザインは、地域生産・地域経済を可能にすることでその役割を果たしました。

パンデミックが長く続くロンドンで現在進行系のプロジェクトとして影響を評価することが難しいですが以下のような影響がすでに指摘されています。

個別プロジェクトレベルでの影響
より容易に利用可能な、医療従事者のためのフェイスマスクが供給できたこと。また、地域で生産する、新しいマイクロビジネスを生み出すためのものづくりの可能性が見いだされています。

コミュニティレベルでの影響
地域でものづくりをしてビジネスとすることで、地域雇用の可能性が広がりました。

環境的影響
・輸送をトラックではなくカーゴバイクで行っているため、中国から飛行機で輸入しトラックで輸送する通常の物流と比較すると、環境汚染の影響を大きく減らすことができます。

・持続可能な商品開発ができていおり、フェイスマスクは耐久性が高く、無駄が少ない材料・作り方になっています。

社会的影響
・生産だけではなく、製造に使用する材料も現地で調達しています。

・BatchWorksのデザインプロセスはシステムに関わる人に対して透明性が担保されています。そのため、クライアントであるNHSと製造者と密接な関係を築くことが可能となっています。

・地域でのサーキュラー・エコノミー創出の可能性を示唆しています。

プロジェクト立ち上げ時に予想していなかった影響
・予想以上の需要の増加に伴い、当初想像していた以上の人数を雇用してプロジェクトの運営を行っています。

・同じような志を持ったデザイナーのコミュニティが、工場を中心にクラスターを形成し始めました。

おわりに

今回は公共分野へのデザインの介入による経済価値以外の影響とその測定方法について、具体事例をもって調べてみました。

公共領域ではその影響をエビデンスをもとに言語化し説明する、説明責任が発生する場合も多くあります。大前提として「測れない価値には意味がないということではない」ということはハッキリと主張したいのですが、正しく評価して施策の影響を知ることが他の自治体などに成功事例を横展開していくことにもつながっていくでしょう。本記事は、以下の問いで終えたいと思います。

Q1.
あなたが「価値がある」と思うことを考えたとき、それは経済価値以外ではどのような価値を持つものでしょうか?
Q2.(デザイン分野に関わる人向け)
デザイナーとしてとある分野に介入したときに、デザインが直接・間接的に社会に引き起こす影響について考えていますか?そしてそれはどのように評価できるものでしょうか?

行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたらば、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような公共のサービスデザインやその取り組み、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはWEBサイトのコンタクトページよりご連絡ください。

一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/

Reference


designing homelessness/uscreates,Newcastle City Council
Supporting businesses to innovate, be more productive and resilient.-UK Design Council

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