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TIMSS2019の結果を見てみよう:小学校理科編

国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)とは、国際教育到達度評価学会(IEA)が実施する国際教育調査です。TIMSSでは、小学校4年生と中学校2年生を対象に、算数(数学)と理科の教育到達度を4年おきに調査しています。PISA調査が現実世界での課題に対応する問題解決の力を測るものであるのに対して、TIMSS調査は基礎的な学習内容の定着を図るものです(個人の見解です)。この記事では、2019年に実施されたTIMSS2019の小学校理科の結果をもとに、国際的な傾向を整理します。内容の大部分は、TIMSS 2019 Highlights(英語)を整理 したものですので、時間のある方はそちらも併せてご覧ください。
※この記事は、理科教育 Advent Calendar 2020の10日目の記事を兼ねています。

TIMSS2019の概要

TIMSS2019は、第1回のTIMSS1995から数えて7回目の調査となります。TIMSS2019には64か国が参加し、日本からは小学校4年生約4200人(147校)、中学校2年生約4400人(142校)が調査に参加しています。これまでのTIMSS調査からの変更点は、コンピューター使用型調査(eTIMSS)が試験的に導入された点で、半数の国が従来の筆記型調査(paperTIMSS)、残りの半数の国がeTIMSSを使用しました。日本は、paperTIMSSで参加しています。下の画像は参加国の一覧で、*印が付いている国はeTIMSSを採用しています。TIMSS2019の結果は2020年12月にすでに公開され、詳細なデータは2021年2月に公開される予定です。以下のデータは、すでに公開されたデータに基づいています。

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得点の結果

小学校理科の得点は、項目反応理論に基づき、これまでの調査結果と比較可能な同一尺度上に得点化されました。各国の平均得点は、TIMSS1995の国際平均を500点とした場合、何点に相当するかが示されています。また、得点の目安として、625点がとても高い水準、550点が高い水準、475点が中程度の水準、400点が低い水準とされています。

下図に示すTIMSS2019小学校理科の得点を見ると、東アジア諸国が上位を占めていることが分かります。シンガポール、香港、韓国、台湾、日本が上位陣です。

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ただし、達成水準別にみると、とても高い水準に達していた児童は、世界全体で6%程度と限定的であったことが分かります。

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参加国の中で、前回のTIMSS2015と比べて得点が有意に向上した国は10か国、低下した国も10か国ありました。残念ながら、日本は前回から得点が低下した国の1つです。

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TIMSS2019理科の問題例(小学校)

次に、TIMSS2019の問題のジャンルといくつかの具体例を紹介します。小学校4年生の問題では、3つの内容領域(生命科学45%、物理化学35%、地球科学20%)と3つの認知領域(知識40%、応用40%、推論20%)が組み合わさった問題が約175項目用意されました。参加者はすべての問題に回答するのではなく、割り当てられた一部の問題に回答しました。調査終了後、正答率の結果から、各問題は得点の水準と対応する4つの難易度(易しい、やや易しい、やや難しい、難しい)に分類されました。各難易度の問題例をいくつか紹介します。(※公開されている問題例は英語だったので、筆者の方で日本語訳を付けています。実際に使用された日本語表現ではありません。)

下の画像の問題1は、生命科学ー知識領域の問題で、脊椎動物の理解を問う問題でした。これは易しい問題で、正答率の国際平均は74%(日本は80%)でした。

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下の画像の問題2は、生命科学ー知識領域の問題で、生物と環境との関わりについての知識を問う問題でした。これはやや易しい問題で、正答率の国際平均は57%(日本は83%)でした。

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下の画像の問題3は、物理化学ー応用領域の問題で、台車が摩擦を減らす理由を説明することを求める問題でした。これはやや易しい問題で、正答率の国際平均は66%(日本は66%)でした。

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下の画像の問題4は、生命科学ー知識領域の問題で、生物と非生物の認識を問題でした。これはやや難しい問題で、正答率の国際平均は45%(日本は37%)でした。

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下の画像の問題5は、生命科学ー推論の問題で、生態系の中での競争関係を検討する問題でした。これは難しい問題で、正答率の国際平均は30%(日本は37%)でした。

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児童への質問紙調査

TIMSS調査では、児童・保護者・学校・教師に質問紙調査を行っています。質問紙調査と児童の得点を合わせて分析すると、様々な傾向が見えてきます。児童への質問紙調査では、「理科を学ぶことが好きか」が調査され、3つのレベル(とても好き、やや好き、嫌い)に分類されました。得点と比較すると、下図のように、[とても好き]と答えた52%の児童が相対的に高い得点を獲得していました。

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また、児童への質問紙調査では、どれくらいの頻度でいじめ(オンラインいじめを含む)を経験しているかが調査されました。得点と比較すると、高い得点を獲得している児童ほどいじめの経験が少ないことが明らかになりました。一方で、毎週いじめを受けていると回答した約6%の児童の平均点は437点と低く、得点に大きな差が生まれていました。

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保護者への質問紙調査の結果

次に、保護者への質問紙調査についてです。TIMSS2019では家庭の教育資源(本の蔵書数やインターネット回線の有無など)を調査しています。教育資源は3つのレベル(多い、十分、少ない)に分類されました。下の図はの右側は、家庭の教育資源のレベルと小学校理科の得点の対応関係を示しています。教育資源が多い家庭の平均得点は557点であったのに対して、少ない家庭の平均得点は414点と大きな開きがありました。このような家庭の社会経済的背景(SES)が学力達成に影響することはかねてから指摘されており、今回の調査でも同様の傾向が見られました。

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また、就学前教育の年数が長いほど得点が高いことも今回の調査から示されています。

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教師への質問紙調査の結果

次に、教師への質問紙調査についてです。TIMSS2019では、教師が自身の専門性を高めるために受けた研修と受けることを希望する研修を調査しています。小学校教員の結果は下図の通りです。青色が受けた研修、赤色が受けることを希望する研修を示しています。この結果から、多くの国で、教師が望むだけの研修が十分に受けられていないことが分かります。特に希望が多い研修は、「理科授業でのテクノロジー活用(68%)」「批判的思考と探究スキルを育てる方法(65%)」「他教科との連携(62%)」でした。

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おわりに

近年、各国が理系人材の育成に力を注いでおり、TIMSS調査の結果がもたらすインパクトもより強くなってきているように思います。ただし気をつけなければいけないのは、学力という概念は多様であり、国際調査であっても測定できているのはその一側面に過ぎないというところです。調査の得点を上げることだけに特化した改革は、本質的な目標から外れる危険性を持っています。調査結果やその価値を理解するための第一歩は、調査について正しく理解することです。TIMSS調査に関するドキュメントは、Web上で無料で公開されています。また、来年には国立教育政策研究所から日本語のより詳細な資料が公表されるものと考えられます。

Q&A

Q1. 大変有り難い記事で、勉強になりました。いじめ、就学前教育の効果が特に。無脊椎動物、食物連鎖は日本の小4は未習なので、カリキュラムの効果は分析の際、考慮されているのか疑問に思いました。

A1. コメントありがとうございます。おっしゃる通り、TIMSSの問題には、日本のカリキュラムで未習のものが一部含まれています。しかし、他の国にとっても未習のものと既習のものが両方含まれるようになっており、全体として国の間で有利不利が生じないような設計になっています。TIMSSの問題が各国のカリキュラムにどの程度マッチしているかを調べるために、IEAはTCMA (Test-Curriculum Matching Analysis) を行っています。日本は、171項目中、127項目がカリキュラムの範囲内と判定されています。一部の国では、カリキュラムの範囲外の問題を実施しないというアプローチもとられていますが、その場合の得点比較は他の国においても当該項目を除いた得点との比較になるため、結局、国別の順位に大きな変動はありません。TCMAの結果は、以下のリンクから確認いただけます。
https://timssandpirls.bc.edu/.../T19_AppC_1-4_TCMA.pdf

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