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探究に基づく科学教育

本記事は、オンライン読書会で読んだ本の内容と、参加者による議論をまとめたものです。理科教育 Advent Calendar 2020の4日目の記事を兼ねています。
今回,私が担当したのはChapter. 19「Inquiry-Based Science Education」です。この章では、探究に基づく科学教育についてまとめられています。

能動的な学びに向けた教育改革の歴史

自然科学(Science)は、科学者が科学的手法を用いながら主体的に進めるものです。それに対して、学校における科学教育(School science)は、知識伝達型の受動的な学びになりがちです。このような自然科学と学校科学の乖離は、これまで何度も指摘され、改善が求められてきました。

20世紀初頭、英国のアームストロングは、発見的教授法を提案し(Armstrong, 1910)、米国のデューイは問題解決学習を提案しました(Dewey, 1910)。両者に共通して、学習者が知識を暗記するのではなく、能動的に学習に取り組むことを求めています。また、科学者の実践に学校科学を少しでも近づけようとする意図もありました。このような能動的な学びへの転換を求める声は、その後も繰り返し登場します。1960年代には、米国のシュワブが探究学習を提案し(Schwab, 1962)、米国のブルーナーは発見学習を提案しています(Bruner, 1962)。1970年代に入ると構成主義(constructivism)が台頭し、科学教育においても学習者が能動的に理解を構築していくことが求められるようになりました。

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21世紀に入ると、科学の関わる社会問題が複雑化し、このような問題を解決できる多様な科学的リテラシーの育成が科学教育に求められるようになりました。多様な科学的リテラシーの中には、従来から育成されていた科学の知識のみならず、科学的思考力や態度が含まれます。そして現在では、多様な科学的リテラシーの育成のために、探究に基づく科学教育(Inquiry-based science education; IBSE)が必要であると考えられています。IBSEの登場は、これまで繰り返し指摘されてきた学習者の能動的な学びへの転換と、多様な科学的リテラシーを育成する必要性の中に位置づけることができます。

探究に基づく科学教育(IBSE)の定義

全米研究評議会は科学的探究の定義を「科学者が自然界を研究し、その研究から得られた証拠に基づいて説明を提案する多様な方法」とまとめています(NRC, 1996)。”多様な方法”の具体としては、「観察、質問、情報源を調べる、調査計画、データ収集/分析/解釈、説明、予測、結果を伝える(NRC, 1996)」などです。ただし、実際の理科授業で生徒が行う探究は科学者が行っている探究と質的に異なる点には注意が必要です。生徒が行う探究は、学力の育成に方向づけられており、理想化された状況で実験が進められることが多いです。

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Bell(2005)によれば、IBSEには以下の4つのレベルがあるとされています。

1.確認(Confirmation)
知っていることを1つずつ確認していく。
2.構造化された探究(Structured inquiry)
問いや実験器具が提供され、学習者は検証方法や結果を考える。
3.教師に導かれた探究(Guided inquiry)
問いだけ提供され、学習者は検証を計画し実行する。
4.自由な探究 (Open inquiry)
トピックだけ提供され、学習者は自主的に問いを生成し、検証を計画し実行する。

このように、探究に基づく学習の進め方にもその自由度の違いによってレベルの違いが存在します。学習の初期の段階では、教師が教師主導の探究から始め、少しづつ学習者に任せる部分を増えていく(足場を外していく)ことで、自由な探究を実現することが理想です。ただし、レベルが高いほど良いという訳ではなく、自主性が高くなるほど難易度も上がることを考えれば、学習内容や学習者の実態に合わせた探究を目指すのが良いと思われます。

IBSEにおける教師と生徒の役割

探究に基づく科学教育(IBSE)において、教師と生徒にはそれぞれ異なる役割が期待されています。教師の役割としては、学習者をより主体的・能動的な参加者へと変えることです。教師は指導者であると同時に、学習状況の診断者、ガイド、メンター、共同研究者といった様々な役割を果たす必要があります。また、探究に向けて材料や実験器具を使用可能な状態にしておくなど、学習環境を整備しておく必要があります。学習者の役割としては、探究の実践者であると同時に、チームにおける研究協力者、リーダー、計画者、発信者といった役割が期待されます。

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IBSE導入の課題

理科授業でIBSEが普及しない理由として、Schwab(1958)は教育者のIBSEへの懸念を4つ指摘しています。

1.時間がかかる
2.探究の複雑さによる混乱
3.職業からの要請
4.経済性

1つ目は、探究に基づくアプローチは時間がかかるという懸念です。探究に基づくアプローチのための時間を作るためには、内容を犠牲にしなければならないと考えている教師が多く存在します。しかし、探究を通してしか得られないスキルの存在を考えれば、知識伝達型ではなくIBSEを実施することは重要だと考えられます。また、知識伝達型で知識を定着させるためには繰り返し教える必要があることを考えれば、学習定着率の高いIBSEの方が時間効率の観点からも有効である可能性があります。

2つ目は、探究の複雑さによる混乱です。答えのない問いに挑戦する自由度の高い探究では、その複雑さからかえって学習者を混乱させるのではないかという懸念があります。実際には、教師の足場かけによって適切に調整された探究は、学習者の過度な混乱に陥れることはありません。

3つ目は、職業からの要請です。IBSEは特定のスキル(e.g., プログラミング)を求める産業界からの要請にこたえられないのではないかという懸念があります。このような要請は、カリキュラムの配分や自由度に制限をかけています。しかし、IBSEを通して身につく探究のスキルは、あらゆる職業で有効な基礎的な力として重要なのではないでしょうか。

4つ目は、経済性の問題です。IBSEを理科授業で行うには、時間的・金銭的コストが高すぎるという懸念があります。しかし、従来の知識伝達型の授業より学習効率が高く様々なスキルが身につくIBSEはコストパフォーマンスの点でも優れている可能性があります。

IBSEが推奨され始めて50年以上が経った現在でも、Schwabの指摘した懸念を多くの理科教育者が持ち続けており、IBSE導入の障壁となっています。今後は、IBSEに関するエビデンスを蓄積しつつ、IBSEの導入に向けて改革を進めていく必要があると考えられます。

以上が、本章の中心的な内容になります。
以下の部分では、この記事の作成者が本章を読みながら考えたことや追加の情報を少し書きたいと思います。

IBSEのエビデンス

IBSEが学習者の科学的リテラシーの向上にどの程度効果的かについては、様々な研究が蓄積されています。IBSEに関する研究をたくさん集めて統合したメタ分析では、その他の指導法に比べて相対的に高い効果量が報告されています。IBSEが有効であるということについては比較的強いエビデンスがあるように思います。

Schroeder et al. (2007)  d=0.65
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/tea.20212
Firman, Ertikanto, & Abdurrahman (2019)  d=0.45
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/1157/2/022018

一方で、探究型の授業をやりすぎるのもよくないのではないかという指摘も行われています。PISA調査の二次分析結果を行った菱山・岡田(2019)によれば、探究型教授を中程度受けた群で最も学習到達度が高くなり、それ以上では逆に到達度が低下するとされています。今後は、カリキュラム全体の中でどの程度、IBSEを導入するかについても検討を進める必要があるかもしれません。

開かれた探究と理科室の環境

理科授業にIBSEを導入する上では、理科室の環境を探究に適した形で整備する必要があります。自由度の高い開かれた探究では、学習者が実験器具を選んで実験をデザインします。しかし、日本の多くの学校の理科室では、単元ごとに実験器具がしまい込まれ、学習者が実験器具を選ぶことが難しい状況になっています。また、理科室は授業時間にしか入ることができず、学習者が実験器具に触れられる機会は限定的です。学習者が実験器具を自由に選択・使用できるように配置や整備を工夫し、休み時間などの理科室開放など実験器具に触れる機会を少しでも工夫する必要があるのではないでしょうか。写真の理科室の例では、実験器具を用途別に配置し、休み時間も自由に利用できるようにしています。

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Acknowledgement

この記事の草稿に有益なコメントくださった、雲財寛さん西内舞さん、池永さんとその他の方々に感謝します。

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