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野良犬がシンバになった日

去年の4月ごろから、住んでる住宅地で一匹の野良犬を見かけるようになった。いつもではなくて本当にたまに、数カ月に一回くらい、朝、犬の散歩のときに見かけた。見た感じ雑種で、黒と茶色の毛色の中型犬だった。
初めて見たときは、うちの犬にしっぽを振って寄ってきて、うちの子も遊びたがって、迷い犬かな?と思った。そこまで汚れていなかったし、人懐っこかった(触らせてくれた)ので。
2回目に見かけたとき、悲しくなった。まだ飼い主が見つからないのかと、それかもうずっと野良犬なのかもしれないと少し落胆した気持ちになった。
前見かけたときより汚れていた。
次に見かけたら、保護しようとその時決めた。家の周りに野良犬は何匹かいたけど、住宅地内にはほとんどいなくて不思議だったし、人に慣れていたので、何故か彼に思い入れしてしまった。
それからしばらく、何カ月も見かけなかった。飼い主のところに戻っててほしい、それかきちんと保護されててほしいと思っていた。
ある11月の金曜日、会社がホームオフィスのとき、朝愛犬を犬の保育園に預けた帰りに偶然彼を見かけた。家のすぐ前にいたので、一旦家に戻り、犬のえさと水を持って車ですぐに探しに行った。ひょこひょこ歩いていたので追いつくのは容易だったが、なかなか触れる距離まで詰められなかった。
エサで釣ってもあまり関心を持たない。そしてまたひょこひょこ歩いて行ってしまう。そのたび車に戻って追いかけて止まったら降りて近づく、何度か繰り返し、やっと触れて保護することができた。
車の後部座席に乗せて家に帰った。車の中で逃げようと必死にバタバタしていた。
着いてすぐに玄関先で体を洗った。汚くて触りたくないほどは汚れていなかったけど、飼い犬を洗うときよりももっと汚れた水が流れた。シャンプーの間彼はじっとしていた。足を上げるとそれに従って優しく上げ、シャンプーにも慣れているようだった。捕まえたときには気づかなかったが、首のあたりに大きな膿んだ傷口を見つけた。反対側にそれより小さい傷もあった。
大きな傷口は直径2~3㎝くらいはあったと思う。膿んでいて素人目にもすぐに病院に連れて行かないといけないものだとわかるくらいだった。
きっと体中にノミもいるだろうし、とにかくいつも行っている動物病院に予約を取った。
その間に、家にあった内服の虫下しを口に入れようとしたとき、前の歯が、牙も含めてほとんどないことに気付いた。牙がない(半分ほどしかない)犬を見たのは初めててで少しひるんでしまい、虫下しは獣医さんに任せることにした。
動物病院でいろいろ見てもらったところ、シャンプーのときに見つけた2つの傷はなんと首を貫通していた。首の皮膚を通って反対側に貫通しており、皮膚が内側で剥がれてしまっているようだった。(おそらく他の犬とけんかして嚙みつかれ引っ張られたような)
兎に角皮膚の組織が剥がれてくっつかなくなる前に、再生することが急がれた。先生の行った施術は、貫通しているところに、数か所穴の開いたビニールチューブを通してそこに生理食塩水(だと思う。それか消毒の液?)とにかく洗浄する液体を流して中の傷を洗浄し、どうにか皮膚がくっつくようにするというものだった。もしその方法でもくっつかない場合は、死んでしまった外皮を切除しなくてはならない。
そうなると大手術だし、大ごとになってしまう。
そうならないように数日は洗浄を家ですることになった。
さらに毎日病院で経過を見てくれることになった。
管を通す施術が夜に終わり、先住犬にノミがうつらないよう2匹に虫下しを飲ませ、その日は別々に寝かせた方がいいということで彼は裏庭の犬小屋で、先住犬は屋内で眠った。
彼は初め庭の端っこの草の上に丸まって隠れるように寝ていた。きっとずっと今までそうやって、隠れながら怯えて寝ていたのだろうと思った。
その後小屋に入ると、死んだように朝まで眠り続けた。

翌日土曜日、朝先住犬も一緒に散歩をした。彼は散歩にもリードにも慣れていて、きっと以前飼われていた犬なんだと推測できた。
吠えないし、おとなしく、上手に散歩した。名前は、大好きなライオンキングから「Simba(シンバ)」とつけた。外で厳しい状況で生きてきたけど、ライオンキングのように強く生きれるように。

ごはんもきれいに食べるし、管の洗浄も順調にできていた。
その日の夕方、玄関のドアを開けた隙に二匹が外へ出てしまった。先住犬はどうにか捕まえたが、シンバはその間に遠くへ歩いて行ってしまった。急いで追いかけたがもう姿は見えなかった。首にチューブを付けたまま…。

急いで車で追いかけ探したが見つからなかった。それからもう一度、そして夜にも先住犬を連れて車であたりを探し回った。
真っ暗な中ひたすら黒と茶色のミックスを探した。野良犬の保護ではよくあることで、屋内に慣れていなくて、さらに知らない家で、逃げ出してしまうので注意が必要らしい。
怪我をしていなかったら、そこまで探さなかったかもしれない。外で暮らすことに慣れているから、虫下しも飲んでるし、また見つけたら保護しよう、くらいに思ったかもしれない。
でも今彼は首に異物を入れている。毎日傷を洗浄しなきゃいけない。しないと当たり前だけど傷はひどくなるだろう。最悪の場合死んでしまうかもしれない。
私は泣きそうになりながら必死に車を走らせた。右に左にぐるぐる回りながら、一匹の犬を探し続けた。愛犬は後部座席でうとうとしていた。
結局見つからなかった。行きそうな範囲を何度も通ったけれど、見つけることができずに家に帰った。
ベッドに入ると堰を切ったよう泣いた。何かあったらどうしよう。自分が余計なことをして首にチューブを入れてしまったばっかりに、傷が悪化して死んでしまったら。死ななくても病気になったり大けがしてしまったら。自分のしたことは自己満の偽善で、彼のためにはなっていないじゃないか。そうじゃなくて逆に、彼は外で生きていたかったのに、変な人間に突然捕獲され、いろいろされ、結局今外で生きることになってる。
私はなんて勝手な偽善者なんだ。助けるってなんだ?彼のためになることをしたのか?中途半端に逃げられて、結局彼は今夜寒い外で寝ることになってるじゃないか。変なものを首にさして。
カーテンを開け、もしかして帰ってきていないか玄関先を何度も見る。いるわけがない。彼が私を家族として見ているわけないじゃないか。ここを家として認識しているわけないじゃないか。
隣にいる愛犬なら帰ってきているだろう。犬が一緒にいる人間を家族と認識するまで3か月かかると言われている。それでもこの子だって帰ってくるかわからない。
夜中までわんわん泣いた。申し訳ない気持ち、自己嫌悪、心配、せめて傷がるまで帰ってきてほしい気持ち、知ったばかりの心配そうな顔を思い出してそれらの感情を1ミリも抑えることなく涙と一緒に出した。
自分でもなぜこんなに涙が出るのかわからないほど泣き、朝にはまた虚無感とパンパンに腫れた目と共に起床した。
カーテンをめくっても、当たり前だけど彼はいなかった。

また車で探しに行こう。そう思いながら朝の散歩に出た。
しばらく歩いていると、前からひょこひょこ・・・シンバが歩いてこちらに向かってきていた・・・!!
愛犬と一緒に急いで、でも逃げられないようゆっくり近づいて、よかった~!!と恥ずかしげもなく叫んで一応念のため持っていたもう一本のリードを首に巻いた。シンバは逃げるでもなく尻尾を振って愛犬のお尻を嗅いでいた。
いったいどこで一夜を明かしたのかわからないけど、初めに保護した場所のすぐ近くを歩いていた。いつもの散歩コース。
これほどうれしかったことはない。チューブは無事で、すぐに動物病院に連れて行って、傷口も無事だった。


保護した犬がみんな健康だとは限らない。シンバには大きな傷があって、前歯もほとんどボロボロだった。
聞いた話では、野良犬は食べるものがないとき、空腹を紛らわせるために、石ころを噛んだりするらしい。
もしかしたらそれでボロボロになったのか、他の犬とけんかしたのかはわからない。気管も弱く、寒くなるとひどい咳をする。

それでもあと何年一緒にいられるか、
その最期までの時間、少しでも幸せに生きていける手助けができればと思う。







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