炎上中の練習生を好きになったはなし

さて、最近某サバイバルオーディション番組に入れ込んでいた(ツイッターフォローいただいている皆さん、うるさくてすみません…)私ですが、番組は終わっていないものの、推しくんのサバ番人生が無事(?)完結し、ひと段落したのでnoteを書き始めました。

というのも、タイトルの通りですが「炎上中の練習生」をなぜか1pickとしてしまった結果、それはもう色んな学びや気づきがあったわけです…。イヤ改めて自分なぜそんな厳しいいばらの道を選んだんだ(?)
揶揄とかではなく、いや半分揶揄っつーか強がりかもだけど、本当に色々勉強になったので残しとこうかな、と思いまして、ええ。

1.コトの発端 

そもそもですが、私はサバ番が結構好きな部類のオタクなので、当該サバ番も初回からゆるりと眺めておりました。リアタイしたり、しなかったり。

で、これはサバ番あるあるだと思うんですけど、最初は参加者の数も多くて番組の推し練習生でもない限り一人当たりの尺も短いので、「こんなに一人一人の情報量が少ないと推しがきまらないねえ」「それでも若い子たちは推しを見つけてるから心の新陳代謝が落ちているのかな…かなし〜」とかほざいてたんですよ。
このまま、イマイチ盛り上がらないながらも平和なオブザーバーとして完走できるかな~と思っていた所に、運命の第7話を迎えます。

そう、推しを見つけてしまったのです。

私の推しは、問題の第7話まで全くと言って良いほど分量(番組に映る時間のこと)のない練習生でした。しかし、その顔の可愛さと現場での愛嬌のふりまき方から分量ほぼゼロにも関わらず本国を中心にじわじわと順位を上げ、第6話(ちなみに、当時は約2週間の第2回の投票中で、その締め切りは7話の翌日)時点では18位という好成績をつけていました。

しかし、当時の私はオブザーバー気分で本放送のみをウッスラ追ってただけなので、普通に存在を知らなかった(なんか顔がかわいい子いるなくらいの認識は合ったけど)んですが。

で、問題の7話です。当時のミッションで彼の所属していたチームの練習風景が放送されたのですが、めちゃめちゃザックリ言うと、(放送をそのまま受け取るのであれば)「やる気がなく、サバ番を舐めていて、チームの輪を乱す問題児」として映っていました。まあある意味放送の主人公ではあるのでめちゃくちゃ分量はあった。

めちゃくちゃ分量はあったので、私も初めてしっかり彼を認識し、めちゃくちゃ顔がかわいいことにようやく気が付き、やめときゃいいのに推しはじめてしまったわけですね…。

2.誹謗中傷について考える


そんなこんなで、いわゆる「悪編」(悪編=悪意のある編集、いろんな定義があるけど、私は印象操作も含めた意味でこの言葉を使います)のターゲットになった子を好きになってしまった私です。なんかほんと自分って一定の顔に抗えないんだなって思った…(学び1)

世の中の声はともかく、私としては「新しい推しを見つけた」いわゆる新規ハイの状況なので、彼のことをなるべくたくさん知りたい!の一心でたくさん検索しました
しかし、前述の通り、彼は悪編のターゲットにされた直後。検索すると引っかかるものの8割は誹謗中傷という状況でした…シュンすぎ……。

まあそんなこんなで、図らずもサバ番におけるヒール役が受ける誹謗中傷の文言に詳しくなってしまったわけですが、ここで気づいたことがあります。
それは、誹謗中傷のほとんどの主語が、書いている本人ではないということ。

例えば「こんな舐めている当該練習生はアイドルになる資格などない」
例えば「当該練習生と同じチームの子がかわいそうだ」
例えば「番組を経て結成されるグループのためにも、このタイミングで当該練習生を落としておいた方がいい」

驚くほど、「自分が不快だったから」「自分が好きじゃないから」「当該練習生が生き残ることで自分の推しが落ちるかもしれないから」といった自分起点の誹謗中傷がないのである。

また、それぞれの誹謗中傷が、「〜のため」といったある種の'正義'に基づいていることも印象的でした。同時に、'正義'に基づいていれば基づいているほど、使われる言葉は強いものになっていく。だけど主語は自分ではない。ウーーーンそんなことってあり得るのか!?だって正義って自分の主観で、絶対的なものってないのに他人主語で語れるのか!?ってしばらく考えてしまった。

3.物事の物語性と理由付け

サバ番というのは、練習風景やその結果のパフォーマンスから、番組側が物語を紡いでいくものです。私の推しについても、こんな物語が設定されていました。

大好きな曲が課題曲になった推しくん。最初は張り切っていたものの曲の難しさ(キーが合わない、言葉がわからない)からだんだんやる気を失っていきます。
チームメイトが頑張って鼓舞するも最後までやる気を見せず、挙げ句の果てにはチームメイトの悪口を言う。そんな状態だったのに、現場評価では一位をかっさらう!

この物語が真実かどうかというのは、このnoteにおいては本筋ではないので一旦おいておきます。

この放送の結果、なぜ推しくんが炎上してしまったかというと、「練習しなかった」という理由に対して与えられるべき結果(現場評価での酷評)が伴わなかったから、かと思います。
更にいうと、「好きな曲を課題曲にしてもらった」という理由に対する「誰よりも頑張る」という'あるべき結果'も伴っていない。
こうしたフラストレーションから、試聴者たちは、「この練習生は叩いて良い」「番組のためにも脱落させるべき」と認定して炎上してしまったのでは、と思います。

しかしながら、(それをサバ番に求めるべきかと言うのはおいておいて)世の中そんな奇麗な物語ばかりではないのです。
頑張ったけどうまくいかなかった、思ったとおりにならなかったという出来事は、誰しも経験しているはずです。

理由付けというものは、本来、過程と結果を俯瞰して後からされていくものでしかありえない、というのは胸に刻みたいな、と思いました。
翻ると、推しを誹謗中傷した人たちも、「番組に対するフラストレーション」「なんとなくもともとコイツが嫌いだった」「イライラしていて何かに当たりたかった」みたいな自分起点の怒りに対して、他人主語の理由付けをしているだけなんだよな〜って思ったのです。

物語にならない、理由のない事実もある、当たり前なのに案外忘れがちですよね。

4.理由がある「嫌い」「怒り」は正当か

以前も何かのnoteに書いた気がするけど、このように、無意識の後付けを理由に何かを嫌う、何かに怒るということは結構しちゃいがちで、気をつけないとな〜と思いました。

まずは自分の負の感情や欲望に真っ直ぐ向き合うこと、それを受け入れることが起点かな、と思ったのです。
繰り返しになるけど推しを叩いた人たちも、本当の理由はなんとなく嫌いとか、自分の推しの枠を開けたいとかそういうのだと思うし、
私がこうして推しを叩くな!みたいなこと言ってるのも可愛い顔をなるべくたくさん見たかったというただの自分の欲望です。そこに貴賤は本来なくて、自分の感情起点に動くことに理由付けをしたり言い訳したりしなくたっていいはずっていうか、やっぱり他人主語を借りてくるのは無責任だなあ、と思う。

とはいえ、誰かを説得するとき、説明するとき、理解してほしいときにきちんと理由付けをしてあげるということが有用であることも事実なので、なるべくポジティブな手段としての理由付けってのを意識していきたいですね…。

同時に、何かを嫌わずに、負の感情を抱かずに生きていくのはたぶん不可能だし、それを発散せず、言い訳せず、ただただ受け入れて生きていくのは結構キツい。私だってサバ番の練習生のためにそんなギスギスした世界を作りたいわけではない(正直)
じゃあどうする?を考えていくうちに、以下のフォロワーさんにおすすめいただいた本にでてきた「プライベートな場」という概念を思い出しました。

プライベートな場、の概念をめちゃくちゃ要約すると、光の当たる場所できれいな物語ばかり語るのではなく、時には物語や理由付けに飛びつかず暗闇のような場所で考えを深めましょう。その場合は信頼できる人とのクローズドな場所(=プライベートな場)での会話がその助けとなる、というようなことです。

やっぱり、自分なりに理由があって何かに怒る、嫌うってことはどうしてもできててしまう。そういうときにはSNSなどに書き込む前に誰かと話せたらいいですよね。めちゃくちゃ端的に言うと、愚痴は居酒屋で気の合うオタクといいましょうという…SNSは本人が見る可能性もあるし、同じ意見の人ばかり見ちゃって過激化していくからね……。

脱線しますが、サバ番ってお部屋にもカメラ入ってたり(実際問題、私の推しもお部屋でのおしゃべり≒悪口っぽい発言を抜かれてました)そういう場がなくて可哀相だよね。オタクに「私がサバ番出たら絶対にいらんこといって悪編される…」って言ったらなんで出る心配してんの?って笑われちゃいましたが

ちなみに上記の本は「物語性」に固執してしまったり強い言葉をつい使ってしまったりすること等の問題点とかについて丁寧に掘り下げられていてとても良い本です。サバ番見てるときにこれ読んでいて良かったなあ、と心から思ってます。

5.想像力の限界を認める

だんだんとっちらかってきましたけど、今回の件に関して、マジでオタク同士見えてるもの違うなあ、と思いました。

例えば、私の推しくんは韓国語をあまり話さないことも批判の対象になってましたが、それに対して私は「苦手なんだから仕方ないじゃん」と思う。でもこれまでの自分のサバ番人生()を振り返ると、韓国語が上手な外国人練習生に努力する子だ〜と好感を抱いたこともある。私も推しくんが推しじゃなかったら「もうちょっと勉強しなよ…」と思った可能性は全然あるわけです。

この違いはどこから来るか、というと、やっぱり練習生一人一人の背景に想像力を働かせるか?なんですよね。で、なぜ私が推しくんに想像力を働かせるか、というと、顔が好きだからです。
推しくんに対する誹謗中傷の中に「擁護できない」という言説をたくさん見たけど、想像力を働かせれば擁護できないなんてことは絶対なくて(それはそれで事実とは離れていくのかもしれないけど)、視聴者側の選択の問題なんですよ。そこに想像力を割くかどうか、という。

でも人間の想像力ってたぶん限界があって、すべての練習生、世の中すべてのものに想像力割ける人って多分いないと思います。私自身も推しくん以外の悪編された子たちについては深く考えなかったし。

だからこそ、お互いに想像力の使い方が違うこと、そこに良し悪しはないこと、見えているものは違って当然ということを意識していきたいと思ったんですよね。そうすることで誰かの好きなものを否定してしまう、嫌な思いをさせてしまうリスクって低減できないか、と。

6.楽しかったこと

以上が炎上した練習生を好きになって考えたことたちでした。

このまま終わるとなんかただただ辛かった話みたいになるので、最後に楽しかったことを軽く触れていきたいと思います。

とりあえず、顔が可愛かったです。顔が可愛い子を一人でも多く知れるというのは幸せです。
あとは彼のことを知ろうと真面目にサバ番側のコンテンツ(字幕ないことが多い)を見たので、ちょっと韓国語のモチベも上がったような…

何より、彼の出身である中国に興味が湧いたのが嬉しかった!以前出演していた中華サバ番の動画とかたくさんみたけどスタイリングが華やかで素敵!
続くかわかんないけどラジオの中国語講座も聞きはじめまして、こうやって好きを起点に自分の世界が広がっていくのはとってもうれしいことだな〜とおもっているところでございます。

みなさん、顔が可愛いので良かったらチッケム見てね!顔が可愛いよ!

★私が推すきっかけになった一番好きなチッケム。表情管理と愛嬌がサイコー。

★フィルスペとは打って変わって(こっちのほうが先だけど)カッコいい!後ろで髪結ってるのが好きすぎ。イヤモニのトラブルの中よく頑張りました

★中華サバ番(青3)の中で一番好きだったチッケム。カラフルで華やかで良い。レトロテーマみたいね。


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