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アマヤドリ『天国への登り方』感想メモ

2023年3月23日夜に三軒茶屋シアタートラムで観たアマヤドリ『天国への登り方』の感想メモ。

『天国への登り方』の初演は2019年に池袋あうるすぽっとで観ている。その時にはボクシングのグローブとその先で心を交わす夫婦二人の心の通い方がとても印象的で、ずっと心に残っていた。
今回、再演を観て、その時に至る物語が新たな感触とともに蘇り、深く浸潤される。

劇場内に足を踏み入れると薄暗い舞台に長椅子も含めた何脚かの椅子が目に入る。俳優が舞台に現れ、お決まりの諸注意、そこからリーディングの態で言葉たちが編まれ自然に物語に引き寄せられる。たとえその筋立てを知っていても、俳優たちから生まれる舞台の一瞬ずつにそれを塗り替えるに余りある吸引力があって、過去の舞台の記憶をなぞることもなく、目の前の舞台の一期一会に取り込まれる。
「言葉の癌」に冒された妻とリストカットを繰り返すその妹、二人はホッキョ区と呼ばれる安楽死が認められている場所へ向かい、夫と妻の兄、そして夫婦の古い友人が彼女たちに会うためにその後を追う。そこで為されることや語られることが死を待つものとその周りの時間を描き出していく。

もう、3~4年前になるだろうか、NHKスペシャルで「彼女は安楽死を選んだ」という神経難病の女性がスイスの安楽死団体に登録し死に至るまでのドキュメンタリーを見ていて、その記憶にも舞台が重なる。番組では淡々とその風景や過程を映し出し、どこか無機質に抱えきれない何かに閉じ込められ、番組が終わった後にもたくさんのことを考えた。でも、舞台に編まれる世界はその質感とは全く異なり、その道行きを描くための様々な寓意に満ち、戯曲に仕組まれた本人と周りの者たちのありようで観る側をその内に取り込み染める。

舞台の語り口を纏った医師による安楽死の意思確認や彼らを支える観光協会のコーディネーターたちのありよう。その日を待つ姿。そしてサロン的な場所で交わされる会話、それぞれの立場での様々な言葉や思索。医師たち抱くものや矜持にも、やがて旅立つ人の心の風景や揺らぎにも、家族や友人たちに訪れる感情や想いのあゆみにも、それを観る側に渡す俳優たちの研がれた精緻な語り口があって、物語が組みあがるなかで幾度も鈍の痛みを感じながらそのひとつずつを追いかける。
送られる人の定まり切れなさを残しつつ受容するその想いに心を締め付けられる。そして、始まって間もなくに仕掛けられた「ほっきょくでも通用するようなあたたかいてぶくろ」の伏線が初演でも印象に残ったあのシーンへと繋がり、「てぶくろをかいに」の絵本とも交わりながら解けるそのありように心を掴まれる。ハグをする二人、一川幸恵が演じる妻には制約されたその身体の動きと極めて少ないセリフの中に人が生きることの抱えきれないほどの質量を感じ、沼田星麻演じる夫にはその最後を受け入れるまでの葛藤の歩みと万感の想いがあり、その先での二人の姿が、互いが受け取るそのぬくもりが、どうしようもなく切なく愛おしく、一瞬にも永遠にも思え涙が溢れる。

喪服姿の家族や友人、そこに至るまでの俳優たちに目を瞠るほどに研がれたシーンのひとつずつが、生と死の質量へと翻り心に刻まれる。最後の群舞、俳優たちの身体が生まれてから人がその日を迎えるまでの日々を生きることの鼓動にも思え、それらに満ちた世界の俯瞰ともなり更に心が巡った。終演後は客席から舞台へと心からのトリプルコール。
照明や衣装もほんと美しくそれぞれの場面や俳優たちが編む人物を映えさせていた。俳優たちの身体の切れに加えさりげなく仕掛けられたウィットも描かれることの風通しとなり、その重さに観る側を沈めてしまうことなく置かれていくのもよい。語られることに目をそむけ心を閉ざすのではなく、それを受け取り想いの膨らみへと導いてくれる作り手の、俳優の、そしてアマヤドリの力を改めて実感することができた舞台だった。

・アマヤドリ『天国への登り方』
脚本・演出:広田淳一
出演:一川幸恵、沼田星麻、榊菜津美、
大塚由祈子、相葉るか、相葉りこ、
深海哲哉、徳倉マドカ、河原翔太、
宮川飛鳥、堤和悠樹、星野李奈、
宮崎雄真、宮本海、野崎詩乃、
都倉有加

2023年3月23日~26日
@三軒茶屋 シアタートラム
上演時間:約2時間10分。

三軒茶屋 シアタートラム

文中のNHKスペシャル『彼女は安楽死を選んだ』は
2019年6月2日放映
NHKオンデマンドで視聴可能

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