お酒

アカネさんのお店

 
さんというのか、ちゃんというのか。

店員さんとの相性というものがある。わかりやすいのはバーとかレストランだ。私もここ10年近くたまに訪れているイタリア料理屋さんがある。シェフの料理が好きなことも勿論あるが、それと同じくらい、同い年のシェフと馬が合うことが大きい。もっとも相手が合せてくれているだけという可能性もあるが、それを言い出すと悲しいだけなのでやめておく。

思えば子供の頃もそういうことはあった。私がいつもプラモデルを買いに行っていたお店も、今で言うオタクがやっていて、模型仲間がいつも集まってわいわいやっているお店よりは、ラジコン好きの髪の薄いおじさんが、タミヤとかハセガワを売る片手間でガンプラを売っているお店の方が好きだった。そのお店「びっくり箱」はしかし、今年の春に帰省して前を通った時には、当時の姿のままに建物ごと色褪せて閉店していた。

何となくそこの店員さんが好きだと、ついそのお店に行って買ってしまうようなことが起きる。そして今の自宅の近くにも、そのようなお店がひとつある。

ケロハシ酒店は、その名の通り酒屋さんなのだが、酒類と一緒に米も扱っていて、重量を自由に決めてその分だけその場で精米してくれたりする。2軒先のタイガー鮨もここから米を仕入れているんじゃないかと睨んでいるのだが、これは単なる想像でしかない。更に調味料とか缶詰とかスナックとか、田舎の商店で扱うような食品類もひと通り扱っている。正に地元に馴染んだお店だ。

そのケロハシ酒店に一人の娘さんがいる。最初はバイトの子かなと思ったのだが、平日も土日も大体いるのと、ある時は砂鉄のようなマスカラをして、またある時は風呂上りのすっぴんみたいな様子で店番をしているので、この自由さ加減はこの家の子だなと思うに至った。

何というか、その子がとても感じがいい。お父さんはいかにも「今日も元気に配達してます!」みたいなおじさんで、お母さんはこれまた日本酒大好きの明るいおかみさんなのだが、娘さんは全然違う。とはいえ無口とかおとなしいとかではなく、何をするにもマイペースというのが一番近い。お店に入るといつもぼんやりとした調子で「いらっしゃいませぇー」と言ってくれ、レジでははにかみ顔できちんと応対してくれる。電話の切り方がちょっと雑だが、多分あれは本人も気付いていない。とにかく客に緊張感を与えないという意味では天下一品の雰囲気の持ち主で、奥さんともあの子はいい子だねえと話していた。

ある時そのケロハシの入り口横に「アルバイト急募」という貼り紙が出された。ネコの絵と一緒に「ネコの手も借りたい!」と書かれていて、あれは一体誰が書いたんだろうと家で噂をしているうちに、ほどなくして近所の人と思しき中年の女性が店先に立つようになった。

その女性がまたその娘さんの上を行く世界観の持ち主だった。包装もレジ打ちも米の軽量も精米も全てがスローモーで危なっかしく、こういう人が働ける職場があるのはいいことだと達観した思いで眺めていたところ、ある日いよいよ私の目の前で、往年のPC-98みたいなパソコンにつながれたレジが煙でも上げそうな音を立てて止まった。

「アカネさーん、これどうするんですかぁ?」
「はぁいー」

アカネさん!?あの子アカネちゃんっていうのか。

店の奥から出てきたアカネさんはガチャッとレジの蓋を開け(この無造作な感じがまた彼女らしい)、レシートの紙やら何やらを調整してバン!と閉めると、レジは息を吹き返した。

以来ケロハシは私たちの間では「アカネの店」になった。まるで地元民が集まるスナックみたいだが、角打ちではないところを除けばまあウソではない。元々ケロハシは日本酒が豊富で、結構頻繁にラインナップが変るのが面白くてちょくちょく行っていたのだが、最近では「ちょっとアカネのところ寄るか」みたいなことで行くようになってしまった。

「アカネちゃんってどう書くんだろうね」
「さあねえ、平仮名であかねじゃないかな」
「ええー、茜ちゃんじゃないの」
「実は音楽一家で明音かもしれない」

こんな風に好きなお店が増えることも、また楽しい。

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