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切羽詰まった時に巡り合ったものこそが、本当の運命なのかもしれない

寝坊した。

あろうことか、第一志望の企業の説明会のその日に、わたしは寝坊した。

しかも、だ。その説明会は「学生は昼間は授業があるだろうから」という素晴らしい配慮のもと18時開始に設定された「ナイトミーティング」という名のもので、それに遅刻するのは朝ちょっと寝過ごしちゃった〜とかそういうレベルではない。

大学4年。幸いなことに3年までに卒論以外の単位を取り終えていたわたしは暇を持て余していた。

ゆえに、寝た。

5月の気持ちいい陽気のなか他社のエントリーシートでも書いて過ごせば良かったものを、お昼を食べて床に寝転がった。そして、寝坊した。

目が覚めたとき、あたりはまだ明るかった。「やべ~やべ~寝てた……」程度のテンションで起き上がったわたしは、スマホの画面を見て時間を確認したあと驚愕することになる。

光の速さでリクルートスーツに身を包み、小さなアパートから西荻窪駅まで走った。階段を駆け上がって総武線に乗り、東中野駅で大江戸線に乗り換える。……まではよかった。

長い。
否、深い。
大江戸線マジで深い。その深さはわたしの懐を超える。

時間が無い中必死でケープで固めた前髪も、その果てしなく長い下りのエスカレーターから吹く強風で台無しになる始末だ。終わった、と思った。

会社の最寄り駅は都庁前駅で、東中野駅からはほんの数駅。「ここまでくればもう大丈夫だろう」と胸をなでおろしたのもつかの間、ほとんど降りたことの無いその駅でわたしは再び絶望することになる。

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出典:東京都交通局 https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/subway/stations/tochomae.html#solid

いや出口どれ?

事前に調べとけよ、と思うだろう。わたしだってそう思う。そのつもりでいたのだ、床に転がる前までは。でもできなかった、だって寝ちゃってたんだもん。(もん、じゃないよ)

自らの勘を頼りに階段をかけあがると、左手に見えるのは新宿中央公園。手元でiPhoneをぐるぐる回しながら必死の思いで会社の場所に検討をつける。この行動そのものが地図を読めない人の典型すぎて、我がことながら書きながら不安になってくる。

やっとの思いでオフィスにたどり着く。エレベーターなんぞ待ってられん。ここでも階段を駆け上がる。

5月の初夏の夜。爽やかな風のなかでフレッシュなリクルートスーツに身を包み、ちょっと緊張した面持ちで席につくたくさんの学生。そして、息を切らしながら汗を流すわたし。間に合った。

時間通りに来られた、それだけでもうやりきった気持ちに満たされる。そういうわけで、その後の会社説明は一切覚えていない。ほんまそういうとこやぞ、と自分でも思う。

説明会のあとは、そのままグループディスカッションに移るということだった。聞いてない。いや正確には言っていたのかもしれないがわたしは知らない。動揺した。それも、激しく動揺した。

なにを隠そう、わたしはグループディスカッションが大の苦手だったのだ。当時何社か受けていたブライダル関連企業のグループディスカッションでは、キラキラ輝く女子たちの「われが、われが!」に圧倒され、終始ダンマリした挙げ句、すべて撃沈。

今回は重ねてこの寝坊だ。おまけに大江戸線の風圧に負けた前髪は散らかったままで、急いで羽織ったリクルートスーツの下に着ていたのはピンクのスキッパーカラーのシャツだった。

何から何までダメである。21歳のわたし、本当にちゃんとしてほしい。

さらには、わたしたちのグループの審査員として至近距離に立った社員はちょっと怖そうだったのだ。

モスグリーンのジャケットを着て、あいつは良かったとかこいつはここがダメだとかそんなことを書くのであろうA4のバインダーを携えた、見るからにバリキャリっぽい女性。

終わった、と思った(2回目)。

「今日もダメだったよ〜」と、帰り道に恋人にラインする自分の姿が目に浮かんだ。

けれど、家を出てからの疾走がランナーズハイ的に功を奏したのか、その日のわたしは生まれて初めてまともにグループディスカッションができたのだ。

ディスカッションのテーマは「企業の商材とITをかけ合わせて新しいビジネスを考える」、というもの。自分のグループを含め周りの学生が頭を抱えてなかなか発言できない一方で、わたしはどんどん新しいアイディアを出し、ときには周りの発言にフォローを入れるという成長を見せながらグループディスカッションは幕を閉じることになる。

モスグリーンのお姉さんからのフィードバックは、今も鮮明に覚えている。

「議論が停滞してしまったときは、『仮に』で考えていくといいよ。仮にこの案で行く場合、強みになる部分はどこなのか、懸念点はなんなのか、ってね」

手応え通り、わたしは一次選考を無事に通過した。

そしてその2ヶ月後、新宿中央公園の木々の緑がより一層輝きを増したころに、内定の電話を受けることとなる。

例によって大江戸線のホームで、電車到着時の強風に吹かれながら。

生きている限り、ピンチに遭遇することは1度や2度ではないはずだ。けれど、切羽詰まったときに巡り合ったものこそが、本当の運命なのかもしれないな、とあれから5年経った今になって思う。

だって、わたしが生涯添い遂げると愛を誓ったパートナーは、"モスグリーンのお姉さん"なのだから。

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