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ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』を読んで

たいそうなタイトルをつけてしまったが、ただの一般人の読書感想文である。

何事も深夜に進めるものではない。
正気ではないからだ。その証拠に大袈裟に水をこぼしてしまった。
これは後でこの文章を読み返したときの免罪符として残しておくものである。

ラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』を読み、脳が休まらないので書いている。

 著者は匿名で出版することにこだわっていたという。『クレーヴの奥方』も著者の死後80年後に名前が記され出版されたという。
 話はズレるが、匿名で出すことを望んでいたのにも関わらず、死後に出版され、今日わかることについて、死後日記は捨ててくれと遺言していたのに、公開されてしまった文豪のことが思い出される。なお名前は忘れた。
 ラファイエット夫人は17世紀に生きた人物だ。『クレーヴの奥方』はその少し前の16世紀の事を舞台として書かれている。私が卒論として苦労して集めていた日記が書かれていた時代と重なる。しかし読み進めると全く時代を感じさせない色鮮やかな心情が描かれていた。
 ちなみにラファイエット夫人は当時記録係として宮中にいた。彼女は歴史記録者であったようである。
 



 書を読んでいることを願って以下を書く。

 
 後半ではしつこいばかりのヌムール公とクレーヴ夫人との互いへの恋を意識した心情が描かれる。どのみちヌムール公とクレーヴ夫人とが互いの気持ちを公にしてしまうのであろうと思っていたため、クレーヴ夫人の意思には驚いた。彼女の「恋はいつかは終わりが来るもの」という信じる強さに驚いた。
 盲目なほどの「運命の恋」は終わりを意識されないものだと思い込んでいたと気づいた。どんな熱愛もいつかは冷める。これはラファイエット夫人の恋愛観であろうが、達観していながらも、夫婦の絆・役割には忠実であったのではないかと思う。
 クレーヴ夫人は、夫が自分のせいで死んだと強く悼む。また夫の愛に報いるだけの哀悼の念を持つことが、償いだと考えた。頑なにヌムール公と一緒になる気持ちを拒み、修道院で一生を終えた夫人は、永遠の愛への不信だけでなく、寡婦としての義務感も非常に強く感じ取れる。

寡婦としての義務感とはなにか

 夫婦というものが今に感じるよりはるかに綿密な関係で、政治的なものであったのではないか。彼女がヌムール公と意のままになることで、危惧したことはなにであったのだろうか。夫の注いでくれた愛情に報いることができないこと。世間から夫のいる間に姦通したのではないかと疑われること。それほどまでに愛しているヌムール公もいつかは冷めてしまうのではないかということ。後者は恋愛論としても、研究史に詳しいであろうから、前者についてのみ言及する。

 彼女を「夫に、他の男性への恋心を告白してしまう」ほどの行動をさせたのは、妻としての義務であり、夫への信頼であったのではないか。私はヌムール公に恋をしていても、愛していたのは夫ではないのかとも思ったが、どうも曖昧であるのか、「夫婦」が運命共同体であったからなのか謎である。どちらにしろ昔の夫婦の結びつきは今の常人には理解しかねるものがある。

 夫婦というものが、対個人として、政治的な関係であったのは、(妻が世間一般に思われるような、”貴い女性同士でサロンを開く”ことだけが役割でないということ)日本中世だけでなく、フランスでも同じであろう。日本中世において、貴族の夫婦が別々の財産を所有していたことは、それぞれが「家」という場において、独立した個であったことに他ならない。
 

シャルトル嬢を想う男

 次に作中で出て来た、シャルトル嬢を想う人々についてである。彼等は、「出地によって」恋が途絶えることになんの疑問も持たないのが興味深い。シャルトル嬢を想うものとして、「クレーヴ公」「ギーズの弟君」「サンタンドレ大将」「ヌムール公」の3名の名前があげられている。
 クレーヴ公は名家の長男ではない男だった。その長兄は王家にゆかりのあるものを妻としていたようであるから、家柄は充分素晴らしかった。
 ギースの弟君は、「家柄・武勲・陛下の寵愛から与える名誉」を持っていた。
 しかしクレーヴ公の父が逝去したことにより、結婚を反対するものがいなくなったことによってクレーヴ夫人になったのである。ギーズの弟君は、身分を支えるほどの財力もなく、末弟であることから兄弟からも反対されるであろうと、成就する可能性が低いのを感じていた。そして実際兄弟の反対にあい、候補から外れてしまうのである。
 弟君は物語の後半まで、シャルトル嬢を想い行動していることが描かれる。それほどまでに強く思慕しているにも関わらず、早々に兄弟の反対によって諦めてしまうのか興味深い。
 名前は書かれていないが、他の名家の子息たちも、シャルトル嬢の美しさ(外面だけでなく内面も)に心奪われるが、「王家に疎まれること・シャルトル嬢の望むような家柄でない」ことから結婚を考えるものはいなくなった。
 

「家」とはなにであったのか

 答えは持ち合わせていない。ルネッサンス期の知識も持ち合わせていない。(日本史専攻であった。)
 歴史研究的に深く調べるつもりはないが、この著書においては、家とは絶対的なものであったのだろう。そして家を構成する夫婦関係においても、揺るがないものだったの知れない。



…ぼやき。

偶然読んだ本だったが、予想以上に面白く、「フランス恋愛心理小説」にはまってしまいそう。。。

感想文を書くことに決めたのは、考察を読んだためだが、想像以上に自分は研究論文のようなものを読むのが好きらしい。
そして歴史がとても好きらしい。
これを書きながらも、卒論の続きを完成させたいと願っている。

卒業論文では、甘露寺親長という人物を主軸に論じた。
親長は『親長卿記』という日記を書いているが、読みながら15世紀に生きた人物であるのに、現代に生きている人物であるかのような錯覚を得た。

また読みたいが残念ながら、史料大成本のみしか最後までの記録はない。

史料纂集の親長卿記の続きが発行されることを望み、ここで書き止む。


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