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踊れないぼくたちはいつだって居場所を探している

結婚式に出席した<踊れないガール>は、祝いの最後に繰り広げられるカチャーシーの引力に逆らえない。
顔をひきつらせ、手首をぐにゃぐにゃさせながら、見えないよう人の後ろに隠れ、踊る。
踊る文化が根付く沖縄で生まれ育ってしまったガールは、それでも踊る。
下手くそだと思われてるんだなと、頭をよぎるが、曲が終わるまで、踊りという名の手足の運動を続ける。

曲が終わり、祝いの席は拍手に包まれ、みなが席につく。
踊れないガールは、背中を小さく丸めながら、人の流れに沿って歩く。

そして、こう続く。

「そのまま歩いて東京に出てきた。」


(映像化するとこうなります)結婚式会場でとぼとぼと自席に戻る踊れないガールの脚の歩みの、次の一歩の場所は、パンアップすると、渋谷のスクランブル交差点で、人の波のなかを踏み出していく。
アクションは同じだけど場所が変わる、映画のアクションつなぎのような変化がこの表現にはあって、なんか壮大なテーマ曲が聞こえてきそうです。


ライター山本ぽてとさんの「踊れないガール」

地方に住んでいると、簡単に文フリには行けないし、数少ない取り扱い書店も近くにはない。
ポッドキャストの「文化系トークラジオlife」や「働き者ラジオ」の愛聴者としては気になる一冊です。

ならば、とネットで買った。読んだ。

沖縄生まれの山本ぽてとさんの、沖縄時代のあれやこれやを綴ったエッセイ集です。

贋札をつくるおじさん、語呂合わせ好きの父、草で金魚をつくるどっかのおっさんなど、沖縄という土地なのか、時代なのか、はたまた山本一族の特殊性なのか、出てくる「人たち」が面白すぎる。ナチュラルすぎる。ストレートすぎる。

それらをじっくり観察して描写する山本さんの表現もまた楽しすぎる。


なにかといえば踊る機会の多い沖縄で上手く踊れないから、逃げ出すように東京へ、というわけではないでしょうが、その土地に生まれてしまったからこれが当たり前、に馴染めないのはたしかに辛い。




先日、「リトルワールド」という野外民族博物館に行ってきました。(愛知県にあります)
ここは世界各地の民族、風習、食文化などを集めた民族博物館です。

訪れる人のほとんどが、屋外に移築、展示されている世界の家々〜バリ島の家とかフランスアルザスの家とかトルコイスタンブールの街とか~を巡って、民族衣装体験をして、ちょっとしたグルメを味わって終わり、なんでしょうが、「リトルワールド」の本質は本館の屋内展示にあるのです。

そこには世界中から蒐集した民族、文化、風習、衣装などの展示品が並べられた圧倒的カオスな空間。見ごたえ十分です。いまさらながら世界は広いな大きいなぁ。


なにより見逃せないのが、映像展示です。
といっても大スクリーンに繰り広げられる最新のビジュアルの数々、なんてことは一切なく、30~40近くある映像のほとんどが、1970年代から80年代に撮られたちょっと画質の悪い記録映像なのです。

さすがに全部は見ることできませんが、強烈に記憶に残っているものだけでもこんな感じ。


ハイチのブードゥの儀式では踊り狂いながら鶏の首を噛み切る。

どこかの部族の儀式では豚の血を幼児の体に塗りたくる。

またどこかの部族の成人の儀式では聖なるワニのような体にするためカミソリで体に細かい傷をつけまくる、そして失神する成人たち。

またどこかでは墓地から頭蓋骨を掘り起こし二次火葬の儀式を行う。

ペニスケースを腰につけてブラブラさせながら踊るは踊る。ブラブラと。

割礼の様子もしっかりと捉えている。

殺人呪術なんて映像では、ジャングルでいきなり生贄を気絶させたかと思ったら、「この2〜3日後彼は死ぬ」なんてナレーションが入ったりもする。

今から50年ほど前、世界のどこかで行われていた現実がそこにありました。

世界のテレビ局が訪れ、いってみればビジネス的な疑似儀式が演じられている今現在の映像であるならば、そこに「演出」という作為を感じ取ってしまうのですが、70年代から80年代はじめのこれら映像にはそうした匂いを一切感じません。貴重な記録、という印象です。


(今でもこうした儀式が実際に行われているとしても)もう二度と映像という形では記録できず、公に上映することなんてできないんだろうなと思ってしまう。
なんたって、体を傷つけ、豚の血を塗り、鶏の首を噛み切ってしまうのだから。

こうした貴重な記録映像を見るだけでも、「リトルワールド」は訪れる価値ありです。


ところが多くの人は、屋外展示なんか見ることなく、わかりやすい屋外展示だけに足を運び、民族衣装を着て、写真撮って「映え」て終わってしまう。ああ、もったいない。
私が映像展示をじっくりと見ている最中も、ぶらっと訪れた人々は、眺めるだけしてそのまま足早に展示室から遠ざかっていく。

で、映像を見ているわたしの背後から、おそらくおばさんグループであろう人たちのこんな囁きが漏れ聞こえてきました。


「良かったね、こんなところに生まれなくて。日本に生まれてよかった」


土地というのは時には罪作りです。その土地に根付く風習や慣習を、その土地に生まれ住むすべての人々が受け入れていると思いがちです。

山本ぽてとさんもこう語っています。

踊りが苦手な沖縄の人間がいるならば、サンバの踊れないブラジル人もいる。道行く人から「ばきゅん」と鉄砲で撃たれて、「う、やられた」と言えない大阪人も、ウォッカの飲めないロシア人もいる。モテないイタリア人だっているはずだ。私はときどき彼ら、彼女らのことを想像してみる。世界の端で、背中を小さく小さく丸めながら生きているのだろうか。

山本ぽてと「踊れないガール」


そんな自分も、一緒に仕事をする人が大阪の岸和田出身だと聞くと、あのだんじりの街だからか荒っぽいんじゃないかと、身構えてしまう。

でも、実際に会ってみると全然そんな感じはなかった。むしろ繊細で気遣いの人だった。
先入観や思い込みは危険だ。

聞くと彼は、だんじりに深く関わる前に岸和田を出たという。
ぽてとさんが、踊り終わって歩いてそのまま東京に出てきたように、岸和田生まれの彼も、四つ角で引き回されるだんじりの遠心力に弾き飛ばされて街を抜け出したんじゃないかと思ってしまった。

踊りもそうだけど、祭りとかの引力も強烈だ。
年に一回の祭りを楽しみに生きている人もいれば、祭りが近づく度に憂鬱になる人もいることでしょう。

この土地ではやりたいことができないから土地を離れ、都会へと出る。

も、もちろんあるでしょうが、土地が放つ無言の呪縛は、「ふるさと」という美しい名前で浄化されてしまうからちょっと厄介だ。


山本ぽてとさんは言う。

だからと言って、東京にいても居心地がいいわけじゃない。踊れない事実は、いつも私について回ってきた。もう踊らなくてもいいのに、いつだって居心地が悪い。踊れない私は、ダサい。踊れない私は、人の輪に入れない。だって、世界にリズムに乗れないんだから。でも都会は、踊れなくてもみんなが見逃してくれる気がして、少し安心できる。
そう、都会は見逃してくれる。

山本ぽてと「踊れないガール」

でも、それは優しさなのか。
反対に、冷たさとも言えてしまうところがあって、これまた悩ましい。

人生は結局、世界との適合と諦めの繰り返しで進んでいくんだろうな。


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