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私が書いた物語のなかから(6)「人生で優勝したこと…」

 「言いすぎかもしれないが。でも、お前優勝したことあるかい?」
「優勝?」
「そうだ。ダン。お前の人生で、優勝したことだよ」
「…うーん。ないな」
「だろ」
「そうだな。一つもないな…優勝は」
「だから、ベニーの人生で一回でも優勝していたなら、それが、こんな町のちっぽけなボウリング大会でも、それはそれで幸せなことじゃないか?」
「まあな。ベニーの唯一の勲章だ」
「たった一つの勲章か…」
(拙書「Yellow Rose's Tales」より)
 
 「Yellow Rose's Tales」は、マンハッタンにあった小さな花屋が起こした三つの小さな奇跡の物語で、話は、アメリカの小さな町のボウリング場から始まります。人生を捨てたような男ベニーが一人でボウリングをする姿を見ながら、併設されたバーで、ダンとジョーが、うだつの上がらぬベニーの噂話を始めます。「優勝したことあるか?」と。
 あるラジオ・ドラマの原作として書き終え製作にはまだ至っていない本作品では、大きな事件はひとつもなく、日常のまったりした空気が流れるばかりです。そんな日常のまったりとした変わり映えのしない小さな世界で、優勝したことのある人など稀だと思います。私もありません。
 ところが、ベニーは、人生で一度だけ優勝を経験したことがありました。それは、この小さな町の何でもないボウリング大会での優勝で、若かりしころのベニーにとっては人生で一度だけの歓喜した瞬間だったのかもしれません。その後、大人になり身体を壊し仕事も無くして故郷に戻ったベニーは、変わり映えしないこの小さな町の古いボウリング場に一人でやって来て、一人でゴロゴロとボウリングを楽しみます。
 けれど、この野暮ったい男、ベニーがこの物語の三つの奇跡を動かす人になります。
 私たちの日常生活には、美文で綴られ、見事な起承転結などあるわけがありません。傍観者は色々美しく語れるのかもしれませんが。けれど、そのぐじゃぐじゃした日々に、とても大切な何かを抱え生きることで、自分自身、そして見知らぬ人に、小さくとも素敵な奇跡を起こしているのかもしれません。
 中嶋雷太
(Amazon PODにて販売していますので、ぜひ、お読みください。Yellow Rose's Tales - International - https://amzn.asia/d/8TX2enw)

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