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本に愛される人になりたい(29) 「ルソー研究」

 学生時代、京都大学人文科学研究所の先生方には色々お世話になりました。特に、物事を学際的にとらまえることを学ばせてもらったのは、今でも感謝しています。
 京都大学人文科学研究所は、戦前からのドイツ文化研究所(後の西洋文化研究所)、東方文化研究所と旧・人文科学研究所が、戦後に統合され、「ルソー研究」編者の桑原武夫さんは、西洋部の主任でした。戦前の西田幾太郎や内藤湖南たちの、いわゆる京都学派の流れをくみ、ひとつの文化的ムーブメントを作られたかと思います。
 梅棹忠夫、梅原猛、上山春平、鶴見俊輔、多田道太郎、加藤秀俊、松田道雄、黒田憲治、井上清、梅棹忠夫、河野健二、飛鳥井雅道……戦後の錚々たる碩学が、桑原武夫さんの周りに集っていました。
 そして、桑原武夫編「ルソー研究」は、その成果のひとつだと思っています。
 上述した研究者の何人かから直接・間接に影響を受け、学際的に広く深く知識に接し考えることを学ばせてもらいましたが、「ルソー研究」のインパクトはなかでもとても強いものでした。
 さて、ジャーナリズムを勉強していた私が何故「ルソー研究」に興味を持ったのかですが、フランス革命に影響を与えたルソーとは何者だったのか、という、とてもシンプルな興味がありました。1762年に発表された「社会契約論」は、ひと言でいえば、人間の社会は自由で平等な個人と個人の契約に基づいているとし、既存の国家観(キリスト教的な世界観や王権的な国家論)を否定する考えの根拠を、人々に与えました。
 ジャーナリズムにとっては、根本ともいえる「自由とは何か」の道すじを示したのがルソーだったからです。
 「ルソー研究」では、ルソー像を多面的にとらえています。さすが、学際的な研究です。人間論、哲学、倫理・宗教思想、社会思想、平和思想、歴史、農民史、コミュニケイション論…等々。碩学が様々な視点で研究し、ルソー像を捉えようとする本書から、ルソーについてだけではなく、物事を学際的に捉える思考を学ばせてもらいました。
 さて、現在です。
 残念ながら、桑原武夫さんたちが作ってこられた、学際的なエネルギーを感じることが、この国ではなくなりました。インターネットが普及し、戦後まもなくの日本よりもかなり自由に情報を得られ、自由に発言できるようになったのですが…沈思黙考の形跡もなく、浅く薄い論理で、高音早口で話せば賢く思われる的なのが流行っており、時に「烏のようだな」と思うこともしばしばあります。静かにゆっくり、そして実ある言葉が語れる大人がいない国とは、ハリボテのようにも見えます。
 「考えることはタダやで」、「図書館の本を全部読んでから大学に行きたいて言え」、「誰が、その勉強したらあかんて言うた?」……これは、我が父の教育で、桑原武夫さんたちが私に教えてくれた学際的な知識の学び方を、父なりに示してくれたのだと思います。
 さて、自由だから翔けないという愛着願望ごっこ、そして愛着願望をくすぐり金儲けする映画やテレビや小説……の本末転倒の時代から、早く脱却したいものです。中嶋雷太

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