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不可思議なお話(5)「そこにいた人」

 人間は、ある生活パターンを持ちながら生きているので、毎朝通勤で出会う人や、毎週土曜日の正午過ぎにスーパーで必ず会う人など、お互い知らぬ人だけれど、毎回あるタイミングで会う人というのが、少なからずいます。
 が、昔、大阪の梅田界隈で呑んでいて、京都の実家に帰ろうと、阪急電車の最終に乗りました。酔っ払うほどには呑んでいなかったので、私は車窓をぼんやりと眺めていました。梅田駅の次の駅、十三駅に到着し、十三駅のホームを眺めていると、山高帽のような帽子に燕尾服のような黒いスーツ姿の人物が、ホームの端に立っていました。とても端っこでした。「風変わりな人だなぁ」と思っているうちに、阪急電車はドアを閉じ動き始めました。
 数十分うとうとしているうちに、阪急電車は桂駅手前を走っており、私は「あ、もう少しだなぁ」と桂駅あたりの風景を眺めていました。すると、踏切のところに、十三駅にいた人物と同じ服装の人物が立っていました。寝ぼけ眼だった私は、「あれ?」と不思議に思いましたが、それよりも、もう直ぐ桂川を渡って終点だなぁという思いが勝り「あれ?」だけで見過ごしました。
 翌日の午後、新幹線に乗り、京都から東京へと私は向かっていました。京都駅を出て琵琶湖の東岸を北上し、新幹線は関ヶ原を順調に走っていたのですが、関ヶ原に広がる田園風景をぼんやり眺めていると、田畑の畝のところに、山高帽に燕尾服の人物がぼんやり立っていました。三たびの「あれ?」でした。
 新幹線が予定どおり東京駅に到着し当時住んでいた吉祥寺駅へ向かうため中央線のホームへと歩いていていた私は、なんとなく不可思議な「あれ?」を抱えていました。
 何十年も経ちましたが「そこにいた人」の姿は、脳裏にくっきりと焼きついています。山高帽に燕尾服のようなスーツの人物です。未だに「あれ?」を抱えながら。中嶋雷太

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