見出し画像

本に愛される人になりたい(21)佐藤忠男著「日本映画史2」

 「東宝の撮影所にデビッド・コンデがやってきて、会社幹部や企画者、脚本家、監督を集めて民主主義啓蒙映画のあり方について演説したとき、誰かがそれに対して、『民主主義といってもわれわれはそうした教育を受けていない。これから大いに勉強するからその時間を与えて欲しい』と言った。すると彼は、『お前達がそんなのんびりしたことを言っているならアメリカ映画だけで充分だ。日本映画なんか必要でない』と激しい口調で言った。」(佐藤忠男著「日本映画史2」より)
 現在のエンタテインメントの世界観の位置を考えるとき、私は戦後まもなくのころの時代相に視点を戻すことにしています。1945年8月15日から現在までの、すべての価値観をなるべく取り除き、戦後まもなくの感触をさぐりながら、その時に生きていた人たちが、どのような感覚でその時代相をとらえ生きていたのかを少しでも知ることは、とても大切だと思っているからです。
 戦後まもなくのころの日本の映画界の感触は、鶴田浩二さんや森光子さんらの戦争を実体験した映画人たちの自伝的な書物や、本書のような映画史を通して、漠然としてですが、探れるような気がしています。そして、戦争の実体験者だった父母から聞き及んだ数多くの話も、その感触を得るためには、とても大切なものになっています。
 冒頭の引用文に出てくるデビッド・コンデ氏は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の民間情報教育局映画演劇課長で、日本の映画会社に軍国主義・国家主義・封建主義を助長するような映画製作を禁止し、民主主義的な映画製作を求めた人物です。
 第二次世界大戦が終わり、東西冷戦時代が始まろうとしているころ、誰もが暗中模索していたのだと思われ、コンデ氏の主張が傲慢かどうかは一概には言えないかと思っていますが、かたや『民主主義といってもわれわれはそうした教育を受けていない』という心の叫びも理解できます。暗中模索で、世の中がこれからどのような時代になるかは、誰も分かっているはずがありませんから、この心の叫びを知っておくことは、とても大切だと思います。
 現在の目線では分からない、人生で初めて、民主主義を目指す国に生き始めたわけですから、この叫びは映画人だけでなく、すべての日本人の叫びだったのかもしれません。田宮虎彦著「足摺岬」は、この叫びに通じるものを描いておますので、お時間あればぜひお読みください。
 そして、それから続く、戦後間もなくのころから75年を超えた現在、私たちはいまどのような時代相にあるのかをしっかり見つめたいと思います。その時代相には、映画を制作する人々だけでなく、何億人もの観客になって頂ける人たちも生きているわけですから。
 漠然とした「自由な感じ」という今を享受しつつ、なんとなくきな臭いこの2022年の秋。本書に立ち返り、これまでの75年余りの日本を、映画史というところから再確認したいと思っています。中嶋雷太

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?