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ワードローブの森の中から(10)「海パン」

 「水着はプール、海パンは海辺」という生活ルールを確立させたのはいつごろだろうかと考えていました。
 子供のころはプールであれ海辺であれ、すべて水着でしたが、やがてその線引きが曖昧となっていきました。
 個人史で一つの線引きをするとするならば、社会人となり故郷の京都を後にしたころかなとは思います。京都在住時は、海といえば「琵琶湖」でした。母が子供のころと戦後の一時期、滋賀県のおばさんの家に住んでいたのもあり、「琵琶湖」はとても近しいものでしたし、京都に住んでいると海があまりにも遠かったのもあります。たとえば、いまなら京都市内から丹後半島までは高速道路もあり快適に車で移動できますが、私が子供のころはくねくねと丹波山地の道を走らねばならず、夏休みになると大渋滞もあり、同じ京都府とはいえ、かなり遠隔地でした。
 会社勤めになり、1980年代後半に東京に引越しするや、海が近しいものとなりました。車を一時間少しばかり走らせると九十九里や湘南の海辺に着くのが、特に驚きでした。1970年代末に世に飛び出したサザン・オールスターズの世界を、ようやく理解できたのも、1980年代後半だったと思います。それまでは岡サーファーならぬ、岡サザンでした。さらに、2000年に仕事でロサンゼルスに引っ越すや、海辺はさらに近くなりました。マリブ、サンタモニカやベニス、そして南へ行くと海辺ごとにおしゃれで小さな町が点在していて、いつの日か住みたいものだと憧れを抱きました。ハンティントン・ビーチの日帰りは大変でしたが、近くの海辺なら、買い物ついででした。
 ということで、「海パン」時代になり、私のワードローブには何枚かの「海パン」が眠っています。いずれも、ロサンゼルスやハワイで買ったもので、サーファー気取りです。
 ちなみに、ボードショーツとかサーフパンツとも呼ぶようですが、この呼称はまだ私のボキャブラリーには根づいておらず、「海パン」どまりです。
 さて、この夏、何回「海パン」をはけることやら…楽しみです。
 中嶋雷太
 

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