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『嫁いでみてわかった! 神社のひみつ』読了

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『嫁いでみてわかった! 神社のひみつ』
岡田 桃子 著
祥伝社黄金文庫(平成28年6月15日初版第一刷発行)

H290127~H290206

 「はじめに」の最後で著者は書いている。

旅のお供の「車内本」として、風呂場に常備して家族で回し読みしていただく「風呂本」として、あるいは暑気祓い、厄祓いの一冊として、この小さな本を愛用していただけたら最高に嬉しい。

 この本は、そうやって読めるようなスタイルで書いてある、ということだ。読んでみると確かにその通り。軽妙な筆致で、楽しみながらどんどん読み進めることができる。神社関係本でこのスタイルを一定の水準を保ちつつ実現することは、とても難しいと思う。これがライターとしての技量というものなのだろう。つまり書き手としてプロなのだ。

 神社界の新聞(業界紙?)に神社新報というのがある。しばらく前、著者はそこで何回かエッセイを連載されていたことがある。他の記事がフツーに固いせいもあって、著者の文章とのコントラストが際立ち、良い意味でとても浮いていた。違うもんだなあ…。思わずつぶやいたものだ。

 本書中、たとえば著者の結婚式の時の描写はこんな感じ。

 十二単の下は、袴だ。足の長さよりもはるかに長い袴を、すそを踏みながら歩く。「ご自分の足で、袴を蹴りながら進んでください。そうでないと、転んでしまいます」
 と貸衣装屋さんがささやく。私は「殿中でござる、殿中でござる」と心の中でつぶやきながら、袴を蹴り蹴り進んだ。ご近所の方々がカメラを手に、「まー きれいやねー 十二単」と感嘆の声をあげている。そのとき、皇太子妃雅子さまの気持ちがリアルにわかった気がした。
「マサコさんも、きっといろいろ大変なんだ」

 無味乾燥になりがちな神社用語解説の部分にも、著者と二人の巫女のかけあいを挿入していて、読みやすくしている。例えば…

巫女A「鈴はその音色によって、この二つの効果を期待しているのですね」巫女B「ドラえもんは大きな鈴をつけているから、いつも元気なのですね」

 ちなみに「二つの効果」というのは、「祓い清め」と「魂の活性化」のことを言っている。

 それから、

ももこ「ただ、神社やお寺って、その魅力を参拝者みずから発見するのが楽しいのであって、その魅力を社寺の側がアピールするものではないと思う」巫女B「それをやってしまうと、クールジャパンのようなことになりますね」
ももこ「自分でクールって言いだしたら白ける、という」
巫女A「たしかに」

 意表を突くなあ。このあたりの工夫というのか、文脈に沿った小気味良い機知が、凡庸さを感じさせない要因なのだと思う。

 かといっておちゃらけているわけでは全然ない。至極真面目に神社の本質を伝えようとしている。たとえば、こんな感じ。

 身近な人が生まれたり亡くなったりしても、毎日朝は来て、季節はめぐり、稲穂が実り、正月が来る。だから神社の神事はいつもどおり、変わることなく行われなくてはならない。たとえ例祭の日に宮司が帰幽したとしても、代理の斎主によって時間どおり行われる、それが「まつり」というものだ。なぜなら神社は、人の場所ではなく神の場所だからである。

   ♪

 漫画エッセイのジャンルで、何人かの女性漫画家が、神社参拝紀行や神社奉仕体験記などをテーマに作品を世に出している。また神社入門、神社参拝入門のような感じの本も意外と多く出版されている。研究者の書いた入門書もある。この本はそうしたものと比べても、読みやすさと、一般の方向けの神道啓発ドキュメントとしての中身の濃さで一頭地を抜いている、と思う。ご自身の人生や日常にかかわる内容なだけに、質感が本物なのである。

 ご本人も書いているが、神職資格を取得して、内側の人になってしまったことで、とても気を遣って言葉を選んでいることも伝わってくる。もっともこのことは一般読者には気付かれないかもしれない。とにかく、とても真摯に生きた神道を伝えようとしている、と思う。

   ♪

 本書は平成16年に発行された『神社若奥日記――鳥居をくぐれば別世界』に新原稿を加えた増補改訂版である。ぼくはそちらも持っているので、前半部分は再読だったことになる。既に触れた通り、増補部分「おもしろ? なるほど! 神社用語小辞典」も、大変面白く読んだ。内側の人間としても、知識の棚卸しをするのにありがたい内容だった。今更に教えられる内容もいくつかあった。

 しかし旧版は改訂版にはない、捨てがたい味わいもある。たとえば、夫君(現宮司にしてイラストレーター)の"愉快明快"な挿絵がふんだんにフィーチャーされていて、なごむ。いろいろな文章に関連した写真も載っている。著者の十二単姿(写真はサムネイル級の小ささだが)も拝見できる。それに文庫カバーには作家・高橋克彦氏の推薦文や(出版当時の)著者近影が掲載されていたりする。今回出た新版しか知らない人にはプレミア感満載だろう。

 今、二冊並べて本棚に置いて、ながめているところである。

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