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屋上のバイオテロ -前編-【短編小説】

ねえ、知ってる?

911のすぐ後に起こったバイオテロ。

そのバイオテロで使われたのは炭疽菌。

日本でも昔家畜や人に感染した事例があるんだよ。

その炭疽菌がさ、テロに使われて、5名の死者を出したんだ。

炭疽菌は Bacillus anthracisっていう学名なんだけれど、Bacillus 属って聞き覚えない?

そうそう、納豆菌。納豆菌はBacillus subtilisって学名なんだけれど、炭疽菌と遺伝的に近いんだ。

それに性質もね。

納豆菌なんて普通の家庭でも培養できる。

ほら、自家製納豆なんてよくあるでしょ。

炭疽菌は納豆菌とほとんど性質が同じなんだ。

それってどういう意味か分かる?

私達でも、バイオテロを起こせるって意味だよ。

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ミヤノはそう言いながら、満足そうに俺に視線を向けてくる。

相も変わらず冗談にもならないことをうれしそうに語るものだ。

俺は言った。

「手段があるのはなによりだ。でも目的がないぜ?何が面白くて人死にかかわらにゃならん」

「トキタは頭がいいのにおバカだね。目的なんていつだってあとづけでしょう?人間は自分の行動の動機をいつだって後付けで説明するんだよ」

「そしてテロ行為もやった後にお題目を考えるわけか?いかれすぎだ」

「ふふ。こうやって話している分には罪に問われないんだから、意外と世の中自由でいいね」

「まったく。もっと平和なことを考えろよ。それに今は俺たちは実際に会って話しているからいいが、電話やメールなら国が傍受してるぞ」

「あら?トキタは国家陰謀論信者なの?」

「スノーデンがアメリカ政府の国民の通信を傍受しているのを公表してるだろ」

「アメリカの話でしょ?」

「日本でも同じさ。アメリカの属国なんだから。それに他の国でもそういう話は報道されてるぜ」

「国を批判してもしょうがないよ」

「バイオテロの実行方法を話している奴に言われたくないね」

俺たちは学校の屋上で昼飯を食っている。ここにいるのは俺とミヤノという女生徒の二人だけだ。

ここでスイーツの話でもしているなら、すこしはロマンスがあるってもんだが、ここでの話題はバイオテロに通信傍受の話ときてる。

なんて殺伐としたランチタイムだろうか。

ミヤノはサンドウィッチをほおばりながら言う。

「トキタは頭がいいのに馬鹿だ」

「なんだよ、急に」

「この進学校にいて成績も優秀なのに、何一つその能力を生かそうとしていない」

「自分も含めた人的リソースを無駄にするなってか?全体主義的だな」

「そんなことを言ってるんじゃないよ。もっと何かしようとしたらってだけ」

「バイオテロを手伝えってか?ごめんだね」

「バイオテロは一例だよ。他にもいろいろさ、あるんだよ」

「ミヤノ、お前はご立派な家庭に生まれて人望も厚いし、そのまま安定した生活が手に入る人間だ。だからこそ、そうやって世の体制みたいなものに反発するんだろ?」

ミヤノは黙った。俺は続ける。

「だが、俺みたいな庶民はそもそもそんなものに反発する力がないんだ。端的にって金がない。俺はつまらん庶民だが、まずは自分を律しなきゃならんし、そのためには自立せにゃならん。世の中を変えるだのなんだのは二の次だ」

「トキタ……」

ミヤノはその小さい身体をさらに小さくしたそして、そのまま俯いている。
俺はなんだか悪いような気がしたが、俺が言ったのは誤魔化しなく俺の本心だった。自分のことができない奴が他人のことに首を突っ込んだり、手を出したり、炭疽菌を郵送しちゃいけない。

ミヤノは顔を上げて言った。

「トキタの考えはある意味立派だよ。正しいことだしね。でもさ、自分以外の人生に関わっていくことだって、大事なはずじゃない?なにか、一緒にやろうよ」

そしてミヤノはまた俯いて、小さく言った。

「そうじゃなきゃ、大人の馬鹿な考えに自分が押しつぶされちゃうよ」

俺は平凡な高校生だが、悪友であるミヤノは平凡とは程遠い。

ミヤノとは最初から仲が良かった訳ではない。高校生に入学したときに同じクラスになったが、変わった奴がいるな、と思ったくらいでそれ以上は特に関わろうとも思ってなかった。俺は俺のことで忙しかったし、高校に入れば変わった奴と同窓になることもあるだろう。

とはいえ、やはりミヤノは変わった奴だった。体型は普通、顔はそこそこ可愛いが取り立てて美女という訳ではない。だが、親から受け継いだであろうその標準的な容姿をありったけの力で崩してやろうという気概をミヤノからは感じた。

具体的には青色に染めた髪(現実に青色の髪を見たのは初めてだった)、10本の指全部と首につけたシルバーアクセサリ、ヤンキーが着てそうなアディダスのジャージ、と言った具合だ。

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だが、こんな格好をしていてもミヤノは先生に文句一つ言われなかった。何故ならミヤノは高校入学後初めて行われたテストで学年2位をとった秀才だったからだ。要は勉強さえ出来れば先生方は何も言わない、ということだ。

それは普通の公立の中学出身だった俺にとって結構な衝撃だった。

ちなみにそのテストで学年1位は俺だった。

ある日、休み時間にミヤノが話しかけてきた。

「ねえ、今ひま?」

俺は少し驚いた。ほとんどミヤノと話したことがなかったにもかかわらず、親しげに話しかけてきたからだ。もしかしたら、勉強で俺に負けたことが許せなかったのだろうか。俺はとりあえず応えた。

「あと1分で次の授業が始まることを除けば暇だ」

「ふふ、やっぱりガリ勉っぽくないな。ねえ、屋上行こうよ。教室って人が多くて少し息苦しくない?」

「なんでだよ、今から授業だろ?」

「いいからいいから、ほらほら早く、先生来ちゃうよ」

ミヤノのマイペースさに驚いたが、その誘いを突っぱねるのは何となく面白くないと思った。結局俺はその時間の授業をサボることになった。

屋上に上がると俺は言った。

「おい、なんか用があるんじゃないのか」

「え?ないよ」

「この前のテストで俺に負けたのがムカついてて呼び出したのかと思った」

「ふふ、全然違うよ。ただ私より点とった人がどんな人か気になっただけ」

マイペースなやつとは思っていたがここまでとは思ってなかった。俺は呆れてしまった。

「そんなことで授業をさぼるなよ……」

「いやいや、好奇心ってエネルギーだし、有限だからさ。なるたけ従っとかないともったいないし」

つくづく変な奴だが、ここまで変だと流石に俺も興味が湧いてきた。俺は少しこいつと長話をしようとおもった。屋上からは自動販売機のある階にすぐ行けたはずだ。俺はミヤノに声をかける。

「どうせさぼるんなら、コーヒーでも飲もうぜ」


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よくよく話してみるとミヤノは由緒ある家柄の生まれだった。そのことについて訊こうとすると決まってミヤノは嫌そうに、あるいは攻撃的にこう言った。

「トキタ、私はたしかにいい家柄の生まれで、執事も雇ってるし、正直親は金持ちだよ。だけどそれがなんだって言うんだ?そんなものがあったって幸せとは何も関係がないんだよ」

俺の場合は家柄なんてものはほとんど皆無で、執事なんてみたことはないし、おまけに片親だし家は貧乏だ。

努力して金や名誉を手にすれば少しはマシになるとおもっていた俺はミヤノの言葉に唖然とした。

全部持ってたって幸せじゃないこともあるんだな、と。


別にミヤノの性格が気に入った訳じゃない。容姿についても別にタイプでもない。友達になるなら、もっと普通のやつでいい。それでも俺はミヤノと友達になることになった。思いの外いい奴ではあったが、それが友達になった理由じゃなかった。

ミヤノはやたらと政治や軍事、医学に詳しかった。そしてそれらの知識は全てテロに対する興味によって集められたものだった。俺は俺で情報技術が好きでよく図書館で専門書を漁っていた。多分、俺たちが仲良くなったのは、分野が違えど知識の深さが似ていたからだと思う。要するに、話が合ったのだ。

ミヤノはいつも、もしテロを起こすならバイオテロに限ると言っていた。

「だって爆弾テロだと足がつくしすぐ見つかる。ハイジャックはすぐに軍に撃ち落とされるし。それにこういうのって、いかに恐怖を煽るかなんだ。なら低コストである程度効果があって、なにより見えない敵っていう恐怖を煽るバイオテロが一番でしょ?」

俺は話としては面白いと思っていたが、本気にはしていなかった。いつだって俺の問題は俺の周りにしかなかった。大して高くない給料で夜遅くまで働く働く母親に、弟の面倒。俺はこの私立の学費が馬鹿高い進学校に特待生として入ってきているが、成績が落ちたら学費を払わないといけなくなるだろう。こんな中で、俺は世の中のことを考えるほどのエネルギーなんてなかった。世の中の問題は俺から遠すぎるからだ。

ミヤノはそんな俺に対して、いつもこういった。

「トキタからすれば私の言ってることはしょうもない、ガキの言う事なんだろうな。でもね、私にとってはこれが大事なことなんだ。こうしてないと私は自分を見失いそうなんだよ。このまま父さんや母さんのような大人になるなんて、想像するだけでも怖い」

やっぱり俺にはミヤノの気持ちはわからなかった。

俺は正直、あまりミヤノ以外に仲がいい奴がいなかった。別に避けられているわけでも、嫌われているわけでもなさそうだったし、クラスの人間とは普通にしゃべったりするが、どうも仲良くなれなかった。あまり話が合う奴がいなかったのだ。

一方、ミヤノは友達が多かった。なんでもあけっぴろげにしゃべるミヤノは裏表がない奴に見えるし、まあ何より普通にいい奴だからだろう。それにも関わらず、昼飯は俺と食うことがほとんどだった。

その日、なぜ他の奴とめしを食わないのかと理由を聞いたら、

「さすがにみんなバイオテロの話とかには興味なさそうだからね」

と答えた。

「興味ないっていうより、引くんじゃないか」

「なおさらだね。昼飯時にテロの話ができないなんてストレスがたまっちゃうよ」

「ストレス社会がテロを生む、か」

「良い線だね。確かにストレス、ていうかフラストレーションがなければテロは起きない」

「不満がテロを引き起こす。だが、テロの時のお題目はいったい何の意味があるんだ?彼らは彼らの正義があるんだろう?ただの不満が理由じゃないだろう」

「前も言ったじゃん。行動の後に理由が付くんだよ。正当化って言葉はよくできてる。なんの大儀もない虐殺行為を、それがさも正しいもののように意味付けする」

「だから、本当のテロの理由がただの不満だったとしても、正義を語るか」

「まあ、その辺は本物のテロリストに訊いてみないとなんとも言えないけれどね」

俺は自分たちがこんな会話をしていることにあきれてしまった。

「まったく、こんな話をクラスの連中にしたら、本当に引くだろうな。俺だって引いてるぞ」

俺がそういった時に、ミヤノは少し驚いた顔をした後、目を反らした。いつもより少しだけ小さい声で言う。

「まあ、そうか……」

冗談のつもりで言ったので俺は焦った。

「いや、悪かった。別に本気で引いてるわけじゃない」

ミヤノはうつむいたまま、言った。

「でも、私の言っていることって、きっと正しくないんだよね」

いつものマイペースなミヤノと違って、自信なさげにぼそぼそとしゃべっている。

俺は見てられなくなってしまった。今日のミヤノは普段能天気にしゃべっているミヤノとどこか違う。

何かしゃべろうとして、俺はつい、口を滑らせてしまった。

「お前だって本気でテロを起こそうとしているわけじゃないだろう?」

それが、ミヤノにとって禁句だったということに、なぜ俺は気が付かなかったのだろうと後にして思った。

ミヤノは黙って食べかけの弁当を片付けた。そして立ち上がって、一言だけ口にする。

「本気だよ」

俺は何も言えず、屋上から消えるミヤノの背を目で追う事しかできなかった。

ミヤノは数日間、学校に来なくなっていた。心配したが、俺は連絡をためらった。俺が余計なことを言ったから、ミヤノは傷ついたのだ。追い打ちをかけるような真似はするべきではない。

ミヤノがいないと俺は自分のことに集中するようになった。つまりひたすら勉強する毎日になった。別にいくら勉強したって効率が悪ければ意味がない。ミヤノと一緒にいるときだって成績は別に落ちなかった。だけれど自分のことの集中しなければ、俺は俺を認めることができないような気がしていた。

一週間たってもやはりミヤノは登校してこなかった。さすがに気になってしまって、俺はミヤノと仲がいい女子に話を訊くことにした。

「おお、トキタ。どうしたん?」

「佐藤はミヤノと仲よかったよな。最近学校来ないけど、何か聞いているか?」

「あれ?なに、連絡とってないの?彼女なのに」

「いや……」

彼女じゃないんだが、と言おうとしたところで、佐藤は言った。

「家の事情がどうってこの前メッセージが来てたけどね……あんまり訊くのも悪い気がしてさ。ミヤノはいいやつだけど、どこか一線引いてる感じがあるしね」

「そうなのか」

「まあ、あんたは彼氏だからねー、ミヤノも心を許してんのかもしれないけれどさ。ミヤノは人の話に乗るし、冗談も言うけど、私達には自分のこと、あんま言わないよ。ま、そのかわり……」

佐藤はにやにやした。

「あんたの話はするけどね」

そうこうしていると、別のクラスメイトの男が俺に近づいてきた。小泉というやつで、ミヤノを除けば一番俺がしゃべるやつかもしれない。佐藤が小泉に声をかけた。

「ねえ、小泉。ミヤノっていつもトキタの話してるよね?」

「してるねー。なに、恋の話してんの」

「いや、そんなんじゃねえ……」

小泉は楽しそうにしている。まったく、どいつもこいつも高校生ってやつは色恋話が好きだ。俺はあきれた。

「いっつも昼飯一緒にくってたのにな。なんか付き合ってるだと思ってたけど……」

ここで少し小泉は声を落とした。

「別れちゃった?」

とりあえず肩を殴っておいた。

「いたい」

「そもそも付き合ってない」

俺がそう言うと佐藤が、

「そうなの?派手な格好してるけど顔はかわいいしスタイル良いし」

と不思議そうに言った。俺はすこし考えた後言った。

「あんまりそういう目で見たことないな……」

ミヤノはいいやつだから、俺はほとんど男の友達と変わらないと感じていた。それに見た目は確かに派手だが、一番変わっているのは中身だとおもう。過激な話題を能天気にしゃべって、気ままに授業を抜け出し、頭が良くて、自由そうにしているくせに、思慮深い。そんなアンバランスな性質を絶妙なところで保っている。多分、男にとっても女にとっても、ミヤノは魅力的なんだろう。

「でもさ」

佐藤は言った。

「ミヤノはトキタのこと好きなんじゃない?」

俺は可笑しくなって思わず笑ってしまった。

「ははは、想像もつかねえな」

「いや、だってさ」

佐藤は真顔になっていた。

「ミヤノはあんたのこと話題にすること、本当に多いよ。あんな変な奴見たことないって」

俺は笑いやんだ。ミヤノが俺のことを好き?そんなことがあるだろうか?
そして、思い当たった。そうか。だからミヤノは悲しそうにしてたのか。

「違うよ。ミヤノは」

「なに?」

思わず小声になってしまう。佐藤と小泉には聞こえなかったかもしれない。

「俺のこと、同志だと思ってたんだよ」

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