見出し画像

すこし早めのジャッジメントデイ 3 【連載小説】

 人類に対する災厄。少し早めの審判(ジャッジメント)の日(デイ)。食糧危機は前世紀から叫ばれているけれど、現在僕たちが直面している問題は、あまりに切迫している。この現象は日本だけではなく、すでに全世界を飲み込みつつある。推定。全世界の穀物の5パーセントがその本来の緑色を失いつつある。穀物の不足により家畜の飼料の供給も減少。今はまだ水産物がタンパク質の供給源として残っているが、そのうちそれすらも食糧の競合により不足するだろう。

 先進国はその経済的優位性を惜しげもなく使い自国の食糧を確保している。そして発展途上国はその余波による大飢饉が起きている。よく言われているが、人は生きているだけで他者を押しのけている。それを存分に実感できる時代。

 僕はジープを運転する。タバコを取り出そうとして胸ポケットを探る。次に向かうは南。酪農が盛んだった土地。ポケットの中にはもともと煙草を包んでいたであろうセロファンとライターの感触。つまりゴミ。タバコはきらしてる。タバコをあきらめて車の運転に集中する。集中できない。僕はいまごろ空調の効いたデスクでコーヒー片手に仕事をするわが同僚を思い浮かべる。知的で毒舌で美人で、それゆえ誤解されやすい僕の同僚を。ちなみに根は悪いやつではないのに不器用さゆえに誤解されているだろう、という見解が誤解という意味だ。彼女は不器用で根っから悪いやつだ。僕の誕生日にデスクの上にドックフードを置かれたことを僕は一生忘れない。


 「っくしゅん」
なんだか負け犬の遠吠えが聞こえたように思えたけれど、こちらも愛玩用動物の心情を推し量るような心の広さは持っていない。どうせ私の同僚が愚痴でも言っているんだろう。

 さてはともあれ私はおしゃれなカフェにいる。こんな風に言うときっと私の同僚は格差がどうとか言い始めるんだろうけれど、あいにく私は人以外が喋る言語を修めていない。

 全世界の植物が枯れつつある。この現象が初めて観測されて、一年目で0.1%。二年目で1.6%。あと半年で三年目だから今年の終わりには25%。そして四年目を迎える前に全世界の植物は死に絶える。少なくともそう予想されているし、その予想に私は異論を唱えない。異論を唱えるには、あまりに状況が切迫しているからだ。議論の上で必要ないことは、たとえ正論であっても言わないことにしている。

 このような指数関数的なバイオマスの挙動は、生物学ではよく見られる。例えば微生物は指数関数的な増殖を見せる時期がある。生物の基本単位の細胞は一度の分裂で2倍に数を増やす。2のn乗といった具合に。
つまりどういうことかといえば、絶望的なスピードで植物が死滅していってる、という事になる。

 それは人類だけでなく、地球上の生物の多くが死に絶えることを意味していた。

 とはいえ、もし私たちの最期が迫っているのだとしても。

 やるべきことは変わらない。

 私は悠然とコーヒーに口を付ける。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?