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薬の分子的な機序の基本

 ほとんどの薬の機序はある生体分子にその薬の分子が相互作用することによるため、生体、薬の分子の立体構造を知ることでその仕組みを深く理解することができる。例えば、一部の抗がん剤はがん細胞の遺伝子の溝(複製フォーク)を“埋める”ことによって、がん細胞の増殖を止める。その際、例えば遺伝子の複製時の構造の立体構造が分からなければ、複製フォークを”埋める”ような薬を開発することはできないだろう。また、どのような物質が生体分子に作用するかを知るためには立体構造を知らなければ不可能である。


 上記の例の“埋める”というのはすなわち、遺伝子の分子と薬の分子が相互作用するという事だ。そして、相互作用はその分子の立体構造によって劇的に変わる。タンパク質が熱などによりその立体構造を変化させることで、元の機能を失ってしまう(失活)ことがあるが、これは生体内での分子間相互作用に立体構造が大きく影響していることを示す。これらのことより、立体構造の知見は薬の仕組みの理解や適切な応用に大きくかかわっていると言える。

 分子の立体構造を知るために大きな役割を果たしたのはX線結晶解析である。X線の発見は1895年にヴィルヘルム・レントゲン博士によってなされており、この功績により1901年にノーベル物理学賞を受賞している。物理学賞という言葉通り、X線解析は当初生体とは関係ない分子の構造解析に使用されており、20世紀初頭の物理学の発展に大きく寄与した。しかしながら、しばらくした後にヘモグロビン、ミオグロビンなどの生体分子の解析や診断の道具としてX線の応用がなされていった。特にDNAの構造解析は分子生物学という新しい生物学の一分野を切り開いた。そのため現在ではX線を使った構造解析は物理学というより、生理医学の分野に貢献しているように思える。いずれにせよ、この偉大な技術が生体分子の構造を知るのに、いかに役立っているかは論を待たない。

 生体分子と薬の分子において相互作用がその機序を理解するのに大切であるという事はすでに説明したが、相互作用はどのようにして起こるのだろうか?それには化学結合が大きな役割を果たしている。すなわち、生体分子に薬分子が化学結合することにより、その生体分子の働きを促進したり阻害したりするのである。
化学結合には複数の種類がある。共有結合、疎水結合、ファンデルワールス力、水素結合、そして静電相互作用である。とりわけ薬の作用機序を語るうえで大切なのは水素結合と静電相互作用である。これらの化学結合が単独、あるいは複数働き、生体分子と薬の分子が結合することで、相互作用を起こし、薬が効果を発揮する。

 まとめると、薬の機序を正しく理解するためには生体や薬の分子構造や分子間の相互作用の知見、それに伴い化学結合の知識が必要である。それらを用いることで薬の仕組みの理解や応用が可能になるだろう。

参考
1.平山令明 1997年 分子レベルで見た薬の働き. P14-54

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