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我が家のエアコンさんへ

我が家は、私と娘と猫の2人と1匹暮らし。
娘が生まれて今月で11年。猫がやってきて7年。私は、娘と猫と苦楽を共に過ごしてきた。

そんな我が家に事件が起きたのは、7月3日。
猫の7歳のお誕生日だった。

「ママ、雨漏りしてる!」

娘が声を張り上げた。

その声に驚いたが、すぐさま「んなわけない」と思った。だって、1粒たりとも雨なんて降っていないのに、雨漏りなんてするはずがないのだから。

しかし、我が家の床は水浸しだった。

はて、何が起きたんだろう?と辺りをじっと見回すと、今にもエアコンが壁から落ちそうになっていたのだ。

「なんじゃこりゃ!えらいこっちゃ!」

物置から脚立を取り出し、どうなっているのか恐る恐る覗き込むと、エアコンを設置するためのビスが壁から抜けてエアコンが傾き、排水できずにぽたぽたと水を垂らしてしまっていたのだ。

現在の家に引っ越して来て5年目になるのだが、このエアコンが私の元にやってきたのは、できちゃった結婚をした今から11年前。

新婚時の家は3DK。複数あった部屋にそれぞれエアコンを設置する経済的余裕なんて無計画な男女にはどこにも無く、何時間も電気屋で悩んで大型のものを1台置くことをしたのが、このエアコンとの出会いだった。

娘がお腹にいる間も、出産した後もエアコンは私の住処を快適にしてくれていた。ほんの数年で幕を閉じた結婚生活中も、離婚後もエアコンは私のそばを一時も離れず、その後3度の引越しを共に経験した。

現在の家に引っ越した際、「このエアコンは次の引越しには耐えられないよ」と言われていたのだが、まさかその前に壁からビスが抜けるとは思ってもみなかった。

私は、毎年夏が近づくとエアコンの存在を意識するようになり「いつ冷房を付けるのか」を考える日々を過ごす。電気代を少しでも安く保つ為、暑さと根比べしながら悩み続けるのだ。

冷房をつけたが最後、快適な環境を1度味わうと抜け出せない。涼しい季節がやってくるまでの間、エアコンに依存して生きてしまうのだが、10年以上前に購入したエアコンの電気代は年々高騰し、ここ数年夏の電気代が家庭を圧迫し続けていた。

そんな中今年は、例年よりも暑さに耐えた。
エアコンの電源を入れたのは、6月の最終日。

電源を入れる時に、ふと思ったのだ。

「今年、エアコンが壊れるかもしれないな」

別れの予感は思いもしない形で的中し、エアコン自体は壊れていなかったものの、傾いたエアコンを再び設置し直してはいけないと思った。

夏の繁忙期、エアコンを再設置するのにも数万円もかかってしまう。後何年持つかもわからない年季の入ったエアコンに数万をかける余裕なんて我が家には無く、いっそ無料でエアコンを引き上げてくれる廃品回収屋さんに依頼し、扇風機で生きようかとも考えたが、現実的じゃない。

どうしようかと頭を抱えている時に、「新しいエアコンを家に迎えるサポートをするよ!」と声をかけてもらった。

予想もしていない提案に困惑してしまったのだが、湿気と暑さで部屋の中はまるで亜熱帯。暑さで寝ることすらできず、熱中症のような状態が続くため生活すらままならない。

声をかけてくれた方の優しさに甘え、私は新しいエアコンに取り替えることにした。

エアコンのビスが壁から外れて5日後、我が家にやってきた新しいエアコン。以前のものよりもスタイリッシュで、前のエアコンよりも一回りも小さくて可愛らしく「温度を〇度に設定しました」とお喋りまでしてくれる。

朝イチでやってきた業者の方が、1人でテキパキと作業をして、1時間半ほどで新しいエアコンの設置を完了させて帰っていったのだが、私と約11年共に過ごしてきたエアコンは30分もかからず壁から下ろされ、業者のお兄さんに抱えられて我が家を去っていった。

あの子は、今どこにいるのだろう?

思い返せばあの子は、娘や猫よりももっと前から私のそばに居て、その時々の私を見ていてくれていた。

結婚や引越しをお祝いに来てくれた友と過ごした幸せな時も、育児ノイローゼで産後うつになって項垂れていた時も、元旦那と家庭内別居し寂しさに耐えていた時も。

離婚後に2ヶ月だけ住んだ社宅や、モラハラ彼氏と大喧嘩ばかりしていた家でも、泣いて笑って怒って荒れ果てることもあった私を、何も言わずにずっと見守り続けてくれていた。

誰よりも私の身近で、何も言わず、ただいつも同じ場所で全てを見てきてくれていたんだと思ったら、何故だか涙がぽろぽろと零れ落ちた。

もしかしたら、私よりも先に別れの予感を感じ取り、壁からビスを引っこ抜いてまで、あの子はサヨナラの挨拶がしたかったのかもしれない。

上部だけビスを引っこ抜くことで、傾いたエアコンはまるで「今までお世話になりました」と頭を下げているようで、涙を流すように排水するはずの水を、床にぽたぽたと零していたのかもしれない。そんなことを思うと、胸が熱くなる。

お礼を言いたいのは私の方だ!


呆気ない別れがとても寂しいのだけど、突然出会った私達らしいなと思ったりもしながら、君に感謝を伝えたい。

病める時も健やかなる時も、人生を共に生きてくれた同士のようなエアコンさん。今までどんな時も私のそばから離れずにいてくれて、本当にありがとう。

君に心地よい環境を与えてもらえたことで、私は何度も転んでも立ち上がることが出来てきました。それなのに、別れの瞬間が訪れるまで君が11年もそばに居てくれたことに気付けなくて本当にごめんなさい。

当たり前に感じることが、本当はとってもスペシャルなことだったんだね。

選手交代とばかりにやってきたお喋りちゃんのおかげで、私も今夜からぐっすりと眠れそうなので、君もどうか安らかにお眠りください。

本当に今までお世話になりました。

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