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虹のおと 5.悟りの崖

 大地はどこまでも広がっていて、空には欠けた虹がうかんで雲の合間に見え隠れしていた。<いつくしみの里>を出てから3日が立っていた。3人はずっと里の裏にある森を歩いていた。<ウンバの森>だ。ウンバという、うさぎのような、馬のような生き物達が住んでいる森だった。彼らは夜行性で、夜になると狩に出るので、高い木に登ってやりすごすか、彼らの嫌いな炎を絶やさずに炊くかしなければならなかった。
 急に雨が降ってきた。この森は天気が変わりやすかった。雨はティントンタントンと降ったので、ホビーは喜んで詩を歌った。


 ティントンタントン 雨が降るよ
 ティントンタントン 空が泣いてる
 大地は喜び 草は茂る
 ティントンタントン 雨が降るよ
 ティントンタントン 私は歌ってる
 大地は喜び 森は踊る


 3人は歩いて歩いて、ひたすら歩いた。<ウンバの森>を抜けると、そこは<カズラ渓谷>だった。フウセンカズラやボタンカズラ、ベニカズラなどがあった。カズラの花たちが3人を歓迎してさやさや揺れて踊った。3人は<カズラ渓谷>を道なりに歩いた。渓谷の奥深くは、やがて道が細くなり、崖になっていた。そう、<悟りの崖>についたのだ。
 切り立った崖には、向こうの崖に渡るための吊り橋があった。カズラの蔓を編んでつくられた細くて長い吊り橋が、風でしなっていた。

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 吊り橋はいまにも壊れそうにギシギシと鳴った。
「ここを渡るの?」
 まさかそんなという調子でホビーが聞いた。
「もちろん、ここを渡ります。この先が長老様の”閉ざされた”<とんがり山>です」
 リューは冷静沈着に答えた。
「閉ざされたってどういう意味ですか?」
 ティナは聞いた。長老様のところにいけば簡単に会えるものだと思っていたのだ。
「長老様は長い間”閉ざされて”います。まず長老様を起こさなくてはなりません。とにかく<とんがり山>まで行くには、この吊り橋を渡る必要があります」
「そういうことなら、さ、行くわよ、ホビー」
「わかったよ・・・」
 リューが先にたった。その次をティナ、そしてホビーの順番で渡ることにした。リューは身軽に、ひょいひょいと吊り橋を渡り終えた。さすがエルフだ。風を読み、揺れを最小限に抑えて渡ったのだ。次はティナの番だった。
「下を見ない、怖くない。私は渡れる」
 ティナはそろりそろりと吊り橋を渡り始めた。ギシギシなる音が恐怖を倍増させた。高いところは怖くはないけれど、落っこちるのを想像すると怖くなってくる。足元の下には、渓谷の、エメラルドグリーンとコバルトブルーの間のような色の、きれいな川が流れていた。けれど流れはいささか速そうに見えた。目が眩んで、心がぎゅっとつままれたようだった。
「怖くない、落っこちやしない。リューは渡れたんだもの。行くわよティナ」そう自分を奮い立たせたが、手足が震えてなかなか前に進めなかった。半分まできたところで、完全に足が止まってしまった。
「ティナ!考えるのをおやめなさい」
 リューが向こう岸から呼びかけた。ちょうどティナは考え始めていたのだ。「わたしはなんのためにこんな怖い思いをしているのだろう」「虹のかけらなんて、拾ったからだわ」「虹をなおすためにここにきたのだ」「でもこわい」「こわい」ティナは泣き出してしまいそうになった。そのとき、ホビーの琴が、ホビーの歌が聞こえてきた。


 ぼ ぼ ぼくはホビー
 楽しく遊ぶよ ぼくはホビー
 琴を鳴らして詩を歌うよ ぼくはホビー
 てぃ てぃ ティナはともだち
 いつも一緒さ ホビーとティナ
 金色の髪をなびかせて
 こども妖精の ティナが笑うよ
 ティナの笑顔は 花のよう
 ぼ ぼ ぼくはホビー
 楽しく遊ぶよ ぼくはホビー
 ぼくはティナのことが大好きさ
 こども妖精のティナ
 いつもそばにいるからね


 不思議と、緊張がほどけていった。きつく握りしめていた手を開いた。そうだ、しがみつかないでも大丈夫、この橋は壊れない。そして、渡りきるのだ!
 ティナはまた歩き始めた。そしてリューのもとへ、つまり<とんがり山>の岸へとたどり着いたのだった。
「ホビー、素敵な詩をありがとう!おかげで渡れたわ!」
 最後はホビーだった。ホビーはさっきの歌を歌いながら恐る恐る渡り始めた。ティナは、一緒に歌を歌った。リューは静かにホビーを見守っていた。


 ぼ ぼ ぼくはホビー
 楽しく遊ぶよ ぼくはホビー
 琴を鳴らして詩を歌うよ ぼくはホビー
 てぃ てぃ ティナはともだち
 いつも一緒さ ホビーとティナ・・・


 突然、風が強く吹いた。吊り橋は大きく揺れ、ホビーはいまにもツタの隙間から落ちそうになった。
「わあ!たすけて!」
 ティナは自分でもわからないうちに駆け出していた。ホビーの腕を掴み、吊り橋にひっぱり戻した。
「大丈夫?ホビー」
「ありがとうティナ」
「ふたりとも!もうじき暗くなります。はやくこちらへ!」
 ティナはホビーとしっかり手を繋いで、リューのもとへ歩き始めた。あたりはいつの間にか薄暗くなってきていた。日が沈み、欠けた虹と月明かりだけがあたりを照らしていた。
「<とんがり山>に夜行くのは危険です。長老様をねらう魔物達が活発になっていることでしょう。今日はそこの小屋で休ませていただくことにしましょう」
 リューの示したほうにはたしかに小さな小屋があった。誰かが住んでいるのか、煙突から煙がでていた。3人は早足でその小屋にかけこんだ。

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