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虹のおと 6.木こりのガウス

 ドアをノックすると、ギィッと音を立てて中から大男がでてきた。
「だれだ?」
 大男は低い声で聞いた。
「こんばんは、私はティナ。エルフのリューと、吟遊詩人のホビーよ。わたし、長老様に会いたいの。今晩、一晩だけ泊めてもらえないかしら?」
「俺は木こりのガウスだ。長老様に会うのは無理だ。諦めて帰れ」
 ガウスがドアをしめようとしたので、ティナは阻止しようとドアにしがみついた。
「そんな、無理かどうかやってみないとわからないわ。とにかく、もう暗いので一晩泊めてください」
「ここにゃ、ベッドは一つしかない。わしのぶんだ。そういうことだ」
「ソファや椅子を貸してくれるなら、それででかまわないわ」
 なおも食い下がるティナに、ガウスはため息をついた。長い長いため息だった。
「飯もわしの分しかない。とってく金なんかここにはないからな」
 ガウスはそう言って3人を通した。
「あら、強奪なんかしないわ。そっちがしないなら」
 ティナはなおも負けじと言い放った。
「そんなちっこいのからとりたいものなんかないわい」
 小屋の中は快適だった。暖炉には薪がパチパチと楽しげにはぜていたし、床は獣の毛皮が敷いてあり、ふかふかになっていた。大きなベッドがひとつと、これまた大きなテーブルと椅子が一組、大きな揺り椅子がひとつあった。暖炉ではくつくつとスープが煮えていた。なんでも大きいので、こども妖精のティナと小人のホビーにはじゅうぶんすぎるぐらい広く感じられた。リューはそこそこ背が高かったので、そうでもなかったが。
「おれはベッドで寝るからな。エルフは揺り椅子を使え。ちっこいのは、好きなところに眠ればいい」
「こんなに床がふわふわなら、床でも十分だわ。ブランケットは持っているし」
ティナがブランケットを広げていると、ガウスがせめてとクッションを持ってきてくれた。
「おい、ちっこいの、なんで長老様に会いたいんだ」
「わたしちっこいのなんて名前じゃないわ。ティナってさっき言ったでしょ」
「じゃあ、ティナ、なぜだ」
「わたし虹のかけらを拾ったの。ほら空の虹が欠けているでしょ。だから、空にかえそうと思って、長老様にその方法をききにきたのよ」
 ティナは首からさげた虹のかけらのペンダントを見せた。
「こいつは、本物だな。それなら長老様に会うしかないだろう。だが気をつけろ。魔物にみつかったら、首ごともっていかれるぞ。虹のかけらは貴重なエネルギーだ。強くなりたい魔物が狙ってくるだろう」
「気をつけるわ」
 ティナはペンダントをしまった。
「晩飯をわすれるところだった。獣肉のスープとパンだ。ちょっとならわけてやってもいいぞ」
「ありがとう。いただくわ!」
 <悟りの崖>を渡り切って安心したからか、急にお腹が空いた3人はもりもりと食べたので、ガウスに言わせると「木が倒れるより早く」スープとパンは無くなってしまった。
「わしは寝るぞ。灯りは灯したままでいい。暗いと魔物が入り込む」
 ガウスはそう言ってベッドに、リューもさっさと揺り椅子にいって寝息を立ててしまった。ティナとホビーは毛皮とブランケットとクッションの間でたくさんの話をした。 <しずくの森>が恋しかった。長老様に会うことはできるんだろうか?魔物ってどんな姿をしているのかしら?虹のかけらはなぜ落ちてきたのだろう?虹をもとどおりに直せるのかしら?
 やがてティナとホビーがうとうとしてきたころ、ギィっと音が鳴った。ドアが開いたのだ。隙間風でろうそくの火が消えた。黒い影がさまよい、やがてティナとホビーの前に立った。
「だれだ!!!」
 リューの鋭い声で、ティナとホビーは目を覚まして飛び起きた。黒い大きな影が今にもティナの首に迫っていた。
「伏せろ!」
 ガウスが怒鳴った。ティナとホビーは伏せた。振り下ろした木こりの大きな斧が、黒い影を断ち切った。

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 リューが明かりを灯し、黒い影は黒い霧となって散っていった。
「いまのが魔物だ。まさか、小屋に入ってくるとは。かけらの力が強すぎて小屋の守りの結界がゆるんじまっとる」
「危ないところでしたね、ティナ。怪我はありませんか」
「危うくわたしが真っ二つになるところだったわ」
 ティナがすっとぼけたので、ガウスはがははと笑った。
「的がちいさすぎてあたらんわい」
「あら失礼ね」
ティナはぷりぷりと怒った。ガウスはまたがははと笑った。
「どっちが先じゃ」
「悪かったわ。ほんとのこというと、怖かったのよ。助かったわ、ありがとうガウス」
「わしの小屋にきた魔物を倒しただけじゃい」
「この黒水晶を使って結界を強めましょう」
 リューが黒水晶をふるって結界を締めた。
「これで朝まで眠れるはずです」
「あんなやつらがたくさんいるのか、ここ。怖いよ」
 ホビーは心配そうに窓の外に目をやった。外はまだ真夜中だった。
「魔物たちは日のもとでは活動できません。昼間は安全でしょう。とにかく今は休息が大事です」
「とんがり山は登るだけでも一苦労だ。さっさと寝ちまいな」
 ガウスがため息をつきながら言った。

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