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紡いで埋める

真っ白な原稿用紙のマスが、どんどんと埋まっていく爽快感がたまらなく好きで、作家としてデビューしてから15年、ずっと手書き原稿で書いてきた。

万年筆にインクを吸わせていると、徐々に言葉を紡ぐ気持ちになっていくし、インクが切れると今日は書いた!と実感できるのも良い。

この万年筆は、デビューが決まった時に父が祝いとして贈ってくれたものだ。当時はひたすら物語を書くのとバイトに追われ、連絡をする事も実家に出向く事もしていなかった。

ただひと言、おめでとう。と無骨な字で書かれたメッセージカードと共に送られて来たのだ。

無口で頑固だった父の、精いっぱいの祝福の表現だったのだろう。

お礼をするために実家に電話をしたが、電話口の父は「おう」だの「うん」だのしか話さなかった。私が「ありがとう、大切に使うよ」と言うと、「頑張れよ」と言ってくれたのを思い出す。

今は、その父も亡くなり、この万年筆は数少ない父との思い出になっている。

今日もインク瓶の蓋を開け、万年筆へインクを吸わせていく。

「さぁ、書くぞ」

私は真っ白な原稿用紙のマスに言葉を埋めてゆくのだった。


-終-



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