母親の入院遍歴と現在~その6

母は脳梗塞の右麻痺で、高血糖と高血圧で血管はボロボロ、心臓にも負担がかかっている状態でした。糖尿病の症状としては大きな血管がやられたら脳梗塞、心筋梗塞になりますが、毛細血管がやられたら腎臓、目、手足の指の壊死などに注意しなければなりません。
しかし母の場合はそちらはほぼまったく問題なかったのは不幸中の幸いでした。

母の状態

脳梗塞の後遺症としては、右麻痺と発語の障害です。
失語、失認、性格変容などを伴うことが多いそうですが、母の場合は運動性の方に主に出て、幸いにも感覚性の失語、失認はほぼ見られませんでした。
ただ、当初はやや性格変容が見られました。
同じことを何度も言う、人に貸していた小さな置物を今すぐに返してもらえと執拗に言ってきて、本当にどうでもいいものなので生返事してたら電話までかけてきて返してもらえと言ってくる、母のいやな部分が増幅されて残った感じでした。しかし脳に大きな衝撃があった場合にこういうことはままあるようで、当初は脳血管性認知症を疑いましたがしばらくすると落ち着いたので、やはり一時的なもののようでした。

そして発語ですが、あれだけしゃべるのが好きだった母が口が回りません。言いたいことははっきりしているのですが、うまくしゃべれないのです。
私たち家族ですら、相当耳を傾けないと聞き取れませんでした。
父は仕事で忙しくなかなか母のお見舞いにこれなかったので、一度電話をつなげたのですが、「何言ってるかわからん」と一方的に電話を切ってしまいました。これだけ聞くとひどい話ですが、父はショックだったのだと思います。事あるごとに母の口撃にさらされていた父ではありますが、母の社交性に助けられた事も多かったのです。
のち、父は「もしお母さんが寝たきりになっても、俺は見てやろうと思う」と言っていて、いい話だと思って母に告げると「縁起でもない」と怒っていました。父はまじめで大人しいながら楽天的でのんきな性格で、母と違った意味で無神経なところがありましたが、お互い欠けたところを補い合った良いパートナーだったのだと思います。
体の方は、立位はなんとか取れてトイレには自力でなんとか座れました。
問題はやはり手です。
ひじから先が自力でほとんど動かせませんしもちろん手先は使えません。
お医者様からは、「良くなりません」と断言されていましたが、これはうかつに「良くなる」とは言えないからという事のようで、リハビリ次第で何とかなるとは親族の弁でした。

良かったこと

母からすると踏んだり蹴ったりの脳梗塞ですが、家族から見て、また実は母にとってもよく働いた事がいくつかありました。

まず、母の性格です。
何回か書いている通り、母は社交的だけど負けず嫌いで好戦的、人を信じやすいけどいったん敵とみなすと容赦なく、そのくせ地位のある人には気に入られることが多かったので敵も多かったです。ちょっとのことで激昂することも多く、家族は頼りがいがありおおらかな反面、いつどのタイミングで爆発するかわからない爆弾を抱えた母に常に怯えていました。
それが、脳梗塞発症後はかなり落ち着きました。
全くなくなったとは言いませんが、時間をかけて相当穏やかになりました。
辛い体験が母を変えたとか、そういう風にも言えるかもしれないのですが、私は母の激昂しやすい性格は脳の疾患から来ていたものだったからではないかと思っています。一周回ってショック療法というか、もしかしたら脳梗塞発症前に精神科にかかっていたら病名がついていたかもしれないものが、一旦リセットされたのかなと。
あと、口調が穏やかになったことです。
母は口が達者で会話が上手な反面、言葉での失敗もよくしていました。
それが発語が不自由になることにより、不必要な言葉を発しなくなったのと、相手の話を相槌をうちながら聞いてあげられる時間が長くなった事で、客商売としては大変良い効果を生んだし母自身の人間的な魅力も増したのです。
特に、常に母の口撃に晒されていた父は、これでずいぶん救われたようです。

ただ、性格の変容が脳の損傷によるものだったからか、のちにかなりな揺らぎが見られ、再び気性が激しく頑固になる事もありました。
それは主にお店をやっていた時で、今は相当落ち着いて、かなり穏やかになっています。
しかしそれを受け継いだかのように、家族の一人が攻撃的で頑固な性格になってしまいました。
かつての母が乗り移ったようで、母の性格はキツネかなんか取り憑いていたせいだったんではないかとか一時真面目に考えてしまいました。
母親の家系は精神疾患が多かったので、おそらくはそういうことも関係していたかと思います。私自身もADHDの気がありますし。

そんな感じで病気の症状が落ち着くと、あとはまた通院しつつの自宅療養です。奇しくも10月入院で、またもや年を越す前に家に帰ることができました。
しかし、前回と比べてもリハビリの厳しさが比ではありません。
果たして家で生活できるのか、不安を抱えながらも家族そろって新年を迎えます。

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