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【1Q決算分析】ENEOSホールディングス(2023年8月)

今回は川上のエネルギーセクターであるENEOSの第1四半期の決算書を読んでいきます。独自の視点での解説となりますので、1度ご自身で分析されてから本記事を読んでいただきますと、理解が深まるように思います。

尚、本記事はあくまでも独自の見解に基づくものであり、投資を推奨するものではございません。本記事を基に行った投資結果については当方は一切の責任を取りませんのでご了承ください。

さて、ENEOSホールディングスの2024年3月期の1Qの結果ですが、売上高3,2兆円の営業利益940億円、営業利益率約3%という結果でした。在庫の影響が無ければ営業利益1,249億円とのことです。この会社は主に3つの部門で構成されています。

①エネルギー(ENEOS):増益
②石油・天然ガス(JX石油開発):小幅減益
③金属(JX金属):前期並み

全体として利幅を減少させた部門はあるものの、赤字になるような部門はありませんでした。電気・再エネ事業も黒字に持って行けたので、値上げをしたのが効いたのかと思います。

川上の会社は競争相手が少ない分、やろうと思えばいつでも値上げが出来ますので、値上げさえ出来れば赤字に転落することはありません。しかし、あまりにマージンを取り過ぎると消費者から大ブーイングとなりますので、営業利益に関しては控えめに出るように調整しているかと思います。

ここで1つ、業界に詳しくない方向けに解説しておきますと、ENEOSの決算説明会資料に頻出する「白油」というのは「はくゆ」と読み、主として、「ガソリン」・「軽油」・「灯油」・「A重油」などの無色透明の燃料になります。太字の4品は「白油4品」と呼ばれています。この対となるのが黒い油である重油となり、「黒油」と呼ばれます。

M&Aや売却について

さて、1Q であったM&Aや売却についても確認していきます。

まず買収についてですが、ENEOSは元東証1部上場で海洋掘削専門会社の日本海洋掘削(東京都台東区、売上高186億円、営業利益49億2000万円、純資産314億円)を買収しました。これは、傘下のJX石油開発を通じての買収です。

同社は2018年に原油安もあって経営破綻をし、1部上場落ちした会社ですが、ENEOSの狙いはCCS(二酸化炭素回収・貯留技術)・CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留技術)になります。二酸化炭素(CO₂)を地下に圧入・貯留するための井戸の掘削が重要な技術要素となるので、国内唯一の海洋掘削会社を買収したというわけです。カーボンニュートラルの流れを受け、化石燃料頼みだったENEOSは2040年目標でゼロカーボン達成を目標としています。

そこに至るにあたって、再エネに手を出したり、CCSを競争力の源泉として今から仕込みを入れたという非常にシンプルで明快な戦略でしょう。

次に売却話ですが、金属部門でチリの銅鉱山運営会社MLCCの株式51%をカナダ企業のLundin社に売却しました。こちらは子会社のJX金属が保有していた会社の株式です。約700億円の損失を計上していますので、これ以上抱えていてもチリの銅鉱山の運営を上手くやることは難しいと判断したようです。日本の銅輸入の1割に相当する鉱山の予定で、安倍元首相も開山式に出席したのですが。

JX金属は、投資額として累計6000億円以上を使い、三井金属と三井物産から全権益を買い取りましたが、難所での開発でコストが上がったことや、気候変動などで生産トラブルが発生するなどで操業安定化に苦しんできたようです。ここで他の企業に株式を売却し、効率的な経営を行ってもらうことで、ENEOSは残った少量の株式から利益を得るという投資スタイルに変更したということですね。

ただし、元々は三井物産も苦戦していたプロジェクトをJX金属が買い取ったのですが、総合商社が苦戦するところに手を出してもやはり成功確率は低いように思います。

第3次中期経営計画

まずエネルギー事業の戦略は、「安定操業」と「効率化によるコスト削減」とされています。ごくごく当たり前の内容ですが、ポイントとなるのは社長直轄のワーキンググループの設置と、組織横断的な最適化プロジェクトの実行でしょうか。

次に石油・天然ガス事業ですが、2023年3Qから開始予定のインドネシアタングー(既発見未開発ガス田)の早期生産体制構築が1つのポイントとなりそうです。こちらは子会社のJX石油開発が主導です。

2016年時点でタングーLNG基地のプロジェクトは、BP 社 37.16%、MI Berau 16.3%(三菱商事株式会社、国際石油開発帝石株式会社)、中国海洋石油 総公司(CNOOC)13.9%、日石ベラウ石油開発 12.23%(JX 石油開発株式会社、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)、ケージーベラウ石油開発 8.56%(独立行政法人石油天 然ガス・金属鉱物資源機構、三井物産株式会社、JX 石油開発株式会社、三菱商事株式会社、 国際石油開発帝石株式会社)、エルエヌジージャパン株式会社 7.35%(住友商事株式会社と 双日株式会社の折半出資会社)、タリスマンウィリアガール社 3.06%、ケージーウィリアガ ール石油開発 1.44%(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構、三井物産株式会社) となっております。https://www.hd.eneos.co.jp/newsrelease/jx/pdf/20160701_01_01_1050061.pdf

物凄く複雑な出資構造ですね。

そして金属事業ですが、こちらは今期に大幅な変化はなく、ひたちなかの半導体材料用の工場が2025年から立ち上がりますので、それを着々と進めるということでしょう。こちらは圧延銅箔向けかと思われます。

また、組織体制も変更になります。

決算説明会資料

ENEOSマテリアルはエラストマー素材の化学会社であり、ジャパンリニューアブルエナジーは電力会社です。これらの組織体制の変更から、石油・天然ガス以外に化学系の川上産業の参入と、再エネでの電力会社化を狙っているようです。

働き方、人材に対する考え方も旧来の年功序列からの脱却を図っています。ENEOSでは、全管理職および管理職候補の社員が、就きたいポストを申告(ポストチャレンジ制度)するという制度を導入しているようです。新人事制度は役割等級制度になっておりますので、こちらは実質的にジョブ型雇用となっています。


人材活用について

現場主義の身としては直接従業員に中の情報を聞くのが1番良いとは思っていますが、ここでは転職サイトの口コミを参考に、いくつか気になったレビューを紹介します。結局のところ、どんなに優れた戦略を打ち出したとしても手を動かす人たちがパフォーマンスを発揮できるかが全てです。

成果=戦略×時間×モチベーション

ですので、モチベーションの部分を軽視する経営をしていては上手くはいきません。キーエンスの場合は圧倒的に高い報酬を出すことによって、社員が分単位の管理をされても組織が回っています。報酬が少ない中これをやったらただのブラック企業であり、離職者が続出して社内の雰囲気は最悪になることは自明の理でしょう。

さて、ENEOSの人事制度ですが、昇進タイミングが少なくなり、優秀な人が早く上がることが出来るようになった一方で、年功序列の印象は継続して強いようです。人事制度については役割給なるものが追加されていますが、これは35~40歳程度の社員の基本給がやや下がり、25~30歳の中堅社員の給料が上がる結果となっているようです。

若手社員の退職者が多く、名ばかり管理職が多い状況を踏まえてのことかと思います。

離職者の中には「定年まで企業が存続しているか不安になった」「他社の方が賃金条件が良くなった」「将来こうなりたいという人がいない」「若手と同じ仕事をしている窓際社員が多い」などがあります。ボーナスも年々減っており、10年以内に2流、3流企業に転落予想をする退職者もいますね。

JX金属の方の口コミで気になったのは、開発を進めるためのハード面が整っていないということでしょうか。製造が強く、開発の社内プレゼンスは低く、技術の深堀りは出来ていないようです。

総じて「JTC」の典型例であり、このくらいの人事制度改革では社内のエース級社員は今後も流出していくように思います。

この会社は化石燃料で稼げている今のうちに、化学や再エネ、CCS事業を大化けさせる必要がありますが、今のところはポートフォリオに追加しただけで、人材登用含めて大幅な改革はしていないように感じます。

総括

ENEOSは大きい会社であるため、決算説明資料だけでは全体を正確に把握することは難しいです。しかし、3つの主力事業や本年から追加した再エネや化学系事業の大まかな状況、そして人材活用の現状を見る限り、景気変動以外で大幅な業績改善というのは難しいように感じます。

大きい会社な分、無駄な仕事やコスト、無駄な人材など多くのムダがありますので、それを全部カットすることによって大幅な利益改善は可能ですが、それに伴う人材流出やモチベーション低下が懸念となります。

ただし、事業が大きいので個人レベルの裁量は限られており、社員がストライキするレベルで仕事をしないなどと言ったことが起きない限りは組織は回ります。戦争によるインフレでカーボンニュートラルの流れも後ろ倒し気味ですし、石油はまだしも天然ガスは今後も需要は旺盛です。

JX金属の銅箔や半導体向け製品なども需要は旺盛なため、今すぐに破綻するような会社ではなく、経済全体が成長すればそれに伴ってそこそこの決算が出るような会社でしょう。良くも悪くも安定している、という印象です。10年後、30年後にどうなっているかは分かりませんが。


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