[小説]マンション

何気なしに空を見ていた。
僕は空が好きだ。
だから、それを見つけたのは
偶然だった。

飛び降り自殺、しようとしてる人。
高いマンションの、屋上。
柵を乗り越えたこちら側に
人が立ってる。
下を見つめて、動かない。
まさに…、って感じ。

心臓が、ゾクッとなって
体に変な力が入った。
人が死ぬ、かもしれない恐怖。
止めなければ、という正義感。
目が、離せない。

そして、
期待していた。

人が死ぬところが見られる
という期待。
ワクワクした。

早く飛び降りろ。

と、望んでいる僕がいる。
そのことに気が付き、僕は恐怖する。

怖い。

人が死ぬのを見るのは、怖い。
人が死ぬのを望んでいる自分が
いるのが怖い。

助ける?
どうやって?ああ、警察。

あんなに確信を持って
飛び降り自殺だと思って
見ていたのに
いざ、
警察に電話しようとすると
僕の勘違いなのではないか、
という疑惑がでてきた。

大ごとにして、僕の勘違いだったら
恥ずかしい。
それは、とても怖い。

こんな時でも、
僕は僕のプライドを守るのか。
僕は僕がこんなに薄情な人間だと
知るのが怖い。

怖い怖い怖い。

目をかたくつむった。
怖い、見たい、逃げたい、助けたい、
善意、偽善、欲望、恐怖、興奮
血が、血管が、
ドクドクドクドク
している。

僕は、僕は、僕は、僕は。


ギュッとつむった目を開けると、
屋上に人はもういなかった。
飛び降りた…!
と一瞬だけ思った。

けど、あんまりにも、
いつもと変わらない日常に
戻ったから、
感情の高鳴りも嘘のように引いて。

飛び降りるのをやめたのだろう。
いや、きっと、
飛び降り自殺だと思ったコト自体が
勘違いなのだ。きっと
清掃の人だったんだ。
お仕事だったんだ。

怖い。怖かった。
よかった。
何も、なかったんだ。
よかった。

本当に…?

でも…

いや…。


僕は、そのマンションが
怖くて、
もう見るコトが出来なかった。

あのマンションで
飛び降り自殺が
あったというニュースを、
僕はついに聞かなかった。
ネットで調べても出てこない。

でも、
僕は、そのマンションが
怖くて
もう見るコトが出来なかった。

100円・500円・1000円からリコテキをサポートできます。漫画創作活動を続けるための資金にさせて頂きます。ありがとうございます!