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味見の味がよみがえった日。

料理の鉄人 陳建一。

テレビの料理番組で陳建一さんの料理を見たことはあるだろうか。

僕は大好きなのだが陳さんは、

「はい!ここで味見ね」

「この味を見るってのが大事!」

とよく言う。

下にテロップでレシピが書いてあるのだが
「豆板醤ね、僕は辛いの大好きなので3倍入れちゃう!」などと言って、華麗にレシピを無視したりする。

最初に料理に興味を持ったのは中華だったので、陳さんが出ている料理番組はよく観ていたのだが、レシピを見ながら真面目に計ったりしてた当時のボクには衝撃的だった。

響いたのは「味見が大事!!」という言葉だった。

緊張の中で味を失った日。

ボクが最初に料理の世界に入ったのは、魚介専門の料理屋だった。
そこにいた料理人たちは、寿司屋だった人、イタリアンから来た人、割烹をやってた人、焼き鳥をやってた人と色んな分野から来た総勢15人あまりの経験のある人ばかりで、創業以来見習いはボクが初めてだと言われていた。
そして、そこにレシピなど存在しなかった。

そんな凄腕の料理人の中、道しるべ(レシピ)もない状況の中で、ボクは完全に萎縮し毎日緊張の中で過ごしていた。

少しづつ教わるものかと思っていたが、バブルもはじけた直後の世の中、ギリギリの人数でお店を回していて、早く戦力になるようにとのプレッシャーもあり、緊張のあまり味見しても少しも味を感じなかった。

ずいぶん怒られた。それはそうだ。
料理を始めたばかりで、味見をしても味がわからないのだ。

そんな日々の中、ある日気がついた。
賄いの時間出された魚の塩焼きを食べて、味が足らないと醤油をかけた。
あれ?先輩の前で緊張しながらオーダーをこなし、てんてこ舞いな時は味を感じないのに、賄いのときは味が足らないと感じて醤油かけてる。

そうか。料理がまだ出来るわけでもないのに、料理人側の立場に立ったって味を決めれるわけはない。まだ素人だと開きなおってテーブルにいるお客さん側に立って味見すればいいんだ。そしてそれは比較的得意だ。

その日から味見のときの味がよみがえったのだった。

焼き魚や納豆に醤油をかける。あの感覚で。

料理も他のことと一緒で、やっぱり失敗を繰り返さないと出来るようにはならない。
残念ながらレシピ通りにやれば美味しくなるものではない。
味見して味を決めて、テーブルに並べて食べて反省してを繰り返した人だけが美味しく作れる人になれるんだと思う。
逆にいえば、それをやり続ければ誰でもなれると思う。
毎日パートで魚をさばいてるおばちゃんが失敗する事は少ないし、レジ打ちの人だって同じ。

テーブルについて、ゴハンを食べる佇まいで味見をする。味見をして足らないと感じたものを焼き魚や納豆に醤油をかける、あの感覚で調味すればいい。そして今度は本当のテーブルに並べて食事を楽しみ、次の料理に生かせばどんどん料理が楽しくなる。

料理の鉄人陳イズムが、こんな小さな街の片隅にも脈々と受け継がれていることは、当の陳建一さんにはわかるまい。

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