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【ミュージカル】《後編#1》キンキーブーツ』の楽曲を楽しむ〜ローレン&チャーリー編

ミュージカル『キンキーブーツ』のレビュー《後編》の#1です。今回はローレンとチャーリーに関連した曲について書きます。

《前編》では、作品全体の見どころにについて書きました。盛大なネタバレはしてないつもりなので、これからご覧になる方もお読み頂いて大丈夫です。

この《後編》では、2年かけて(笑)予習した、珠玉の楽曲について書いてみたいと思います。

実は、調べてみたところ、日本語で書かれたキンキーの楽曲レビューの多くが、ローラ/サイモンの関連の曲に関するものばかりでした。ですが、それ以外の曲も良い曲の宝庫なのです。とは言え、一曲ずつ語っていくと14noteくらいになりそうだから、数曲ずつまとめたりして、ローラ関連以外の曲にもスポットを当てつつ、5回シリーズにしました。
順番に読んで頂くのがおすすめですが、お好きなところからでも、大丈夫です。

#1 ローレン&チャーリー編(←ココ)
#2 オープニングナンバー編
#3 ローラのプライス&サン改革編
#4 ローラの解体新書編
#5 ストーリーの回収編

《後編》は、楽曲レビューですので、歌詞の内容について触れております。つまり結果的にネタバレです。
ネタバレはやだよ、という方は#1(ココ)の「まずCDジャケットを愛でてみる」だけで離脱する事をお勧めします。

まずCDジャケットを愛でてみる

え?そこから?
はい、そこからです!

とりあえず、Broadway版、West End版、Japan版を並べてみます。

画像はネットからお借りしたものです。色調の微妙な違いは、ご容赦下さい。
全部が手元にあるわけではないので、なんとも言えませんが、本来同じ色なのかもしれませんし、そのあたり、案外テキトーなのかもしれません。話のポイントは、そこではありません。

注目したいのは、デザインが、国ごとに微妙に違う事です。

WE版のUnion Jackは、本当に可愛い。
『キンキーブーツ』は、もともとイギリスのお話。
原作に対するリスペクト、お話の舞台となっている国に対するリスペクト。
ブロードウェイで作られたミュージカルの、作品の故郷に対する敬意なのではないかと思います。

Japan版では、色的には合いそうなのに、日の丸をデザインに使わないのは、お国柄を反映しての事だと思いますが、タグという実際に存在するものをデザインに使っているのが面白いなぁと。
で、タグの意味ってなんだろ?と。ひと昔前なら、「Made in Japan」のタグがついた製品は品質に対する信頼の証。そう考えたら、日本ラベルの『キンキーブーツ』。いいじゃないですか(勝手な妄想です)。

他人を受け入れて、敬意を払う事を伝えるミュージカルならではの、ロゴデザインの違い。
お国柄を反映しつつ、このデザインを企画した方たち、また、このデザインにGoを出したBWのクリエーティブチームの、作品に対する心意気を感じるデザインです。

また、細かいところですが、WE版とJ版は、微妙に影があったりする。
それぞれの国でロゴのデザインをそのまま流用せず、ブラッシュアップしているのも、キンキーブーツカンパニーらしくて、嬉しいところ。

こんなところにも、こだわりのキンキーブーツアートチームの仕事が光ります。あぁ楽しい。

ローレンのアリア

さて、どの曲から始めるかというと、最高のラブソングから始めてみたいと思います。

靴屋の跡取り息子チャーリーに、フォーリンラブしちゃうヒロイン、ローレン。

ラブソング好きとしては、もう、どうしてもこの曲は一曲だけ取り上げて語りたい(笑
ローレンが、チャーリーにビビビっと来て狼狽えながら歌う『The History of Wrong Guys(間違いだらけの恋の歴史)』は、最高のラブソングです。
この曲は、めちゃめちゃ抒情的。オペラなら、アリアです。

なんといっても、ローレンは、この物語のヒロインです。生産ラインの冴えない工員から最後は色んな意味で大出世する、いわばシンデレラです。

なのに、このキャラにして、このラブソング。

このキャラ設定をした人、神すぎます。
そして、こういう詩を書かせたらCyndiの右に出る人いないよなぁ。

ローレンは、これまで男運が無さすぎた女性。
ひどい男性不信に陥っている。
いや、もはや男性が信じられないのではなく、自分の男性を見る目が信じられない。どれくらい男運がないかというと。。。

The history of wrong guys:
Chapter one - he's a bum
Two - he's not into you
Three - he's a sleaze
Four- loves the girl next door
Five- loves the boy next door
Six - don't love you no more
-makes you insecure
-makes you so unsure
-is so immature
-loves his mother more
-or...
... has a girlfriend named Nicola


とまぁ、これまで付き合った人は、とにかくろくでもない。いちいち訳すまでもないけど、いちいち訳すと面白い。
クズ男に使える形容詞、こんなにあるのかと、5つ目くらいで吹き出してしまいます。 

しょうもない人
好きになってくれない人
女癖の悪い人
隣の女の子を好きになっちゃう人
隣の男の子を好きになっちゃう人
誰のことも好きにならない人
精神的に追い詰めてくる人
意味わかんない人
お子ちゃまな人
マザコンな人 

(Rickyテキトー訳)

で、トドメに好きになったチャーリーは、ニコラという彼女がいる。。。

ローレンのストライクゾーン無限大すぎる(笑

なのに、もうこの時点でチャーリーにメロメロなのです。で、こんな風に狼狽えています。


Charlie, honestly
Iv'e been hurt like this before
I can see there's more to you
Than what I always thought
But I won't be burned anymore
Oh, oh, oh

チャーリー、ぶっちゃけるとね
今まで散々な目にあったけど、
それより今の方がヤバい
わかっちゃいるけど
もう、痛い目にあいたくないけど
もう、ヤバいんだってば!

(Ricky テキトー訳)

最後のOh, oh, ohは意訳です(笑

Cyndiらしい、平易な単語でどストレートな詞と、オロオロ観とラブラブ観が良い感じに混ざり合ったポップな曲がたまりません。
また、アレンジも秀逸。
ひとり語りの邪魔にならないシンプルな音だけど、すごくお洒落なアレンジで、Aメロの伴奏は心臓のドキドキする音みたいにも聞こえる。サビは感情爆発して、止められない感じ。
コミカルでドラマティックで、何度聴いても飽きないナンバーです。

惚れっぽくてチャーミングなローレンは、プライスアンドサンの復活の女神でもあります。女神の歌うアリア。最高です。

物語の展開はチャーリーの歌で追う

ローレンにとっての白馬に乗った王子様こと、チャーリーは、自問自答の人です。基本、自問自答する時に歌います。
そして、チャーリーが歌うと、物語が展開していきます。

父の急逝に伴い、故郷のノーサンプトンに戻ったチャーリーが最初にソロで歌うのは、友人のハリーと酒場で歌う『Take what you got』です。
昔のよしみで、靴屋の友人に在庫を引き取ってもらいに行き、人生相談をします。
ハリーは、時代の流れにさくっと乗っていて、商売に対するプライドはないものの、音楽をやる事に生きがいを見出してる男。
そんな生き方もあるのはわかるけど、チャーリーは、なんだか納得いかない。

そのハリーに「今あるものを受け入れるしかないだろ(You've gotta take what you've got)」と諭され、チャーリーがこう応えます。

Maybe this time, Ill seize my destiny
My destinyyyyyyyy!
今回は自分の運命に従うんだろな。
あぁ、俺の運命って結局これかよぉぉぉ!

(Ricky テキトー訳)

willを使ってるので、この時点で、チャーリー、なんだかんだで、靴屋を継ぐことになるんだろうなと分かっているのに、まだ受け入れられずにモヤモヤしています。
だから、一旦は従業員をリストラして、工場を閉めようとするのです。

しかし、ローレンのアドバイスによって、「ニッチな市場」に光を見出したチャーリー。次のソロナンバー『Charlie's Soliloquy(チャーリーの独り言)』で、自問自答します。

Do I belong here?
Am I what's wrong here?
Know what I'm doing?
Or am I a fraud?
Do I fit in?
Where do I begin?

ここでいいのか?
間違ってないよな?
自分がなにやってるかわかってるよな?
てか、俺、ほんとにやれるのか?
居場所はここであってる?
で、どこからはじめよう?

(Ricky テキトー訳)

と、歌の冒頭では往生際悪く迷ってはいるものの。。。

I'm watching myself
And I know what to do.
Hey look at me now
It's a shoe.
自分自身をよく見て
何をすべきかわかってるんだ
ほら、みてくれ
やるべき事は靴作り

(Ricky テキトー訳)

というわけで、一曲歌う間に、靴を作るぞ、と腹を括るわけです。
ところが、先代の父親は工場を閉鎖して売却する事を画策していたとわかります。
チャーリーは、めっちゃヤル気になってるから、勢いで売却話を断ってしまいます。(※)

さあ、退路は絶たれた。もう引き返せません。
そこで歌うのが『Step One』です。もうヤケクソ感もありつつ、ノリノリのチャーリー。もうとにかく「ギアは前開、見てろよ、前に進むぞ」と歌います。

どこかパンチのある一節を取り上げてみようかと思いましたが、とにかく最初から最後までイケイケの力強い歌詞で、切り取るのが難しいほど。

で、注目したい一節はここ。この曲は、メジャー(長調)の曲なのですが、途中1箇所だけマイナー(短調)になるところがあります。ここが最も重要な一節なんじゃないかと。そこで、チャーリーはこう歌います。

It’s not just a factory. This is my family.
工場だけの話じゃない。これは家族の一大事だ。
(Ricky テキトー訳)

やはり、家業に対するプライドをここで改めて歌っています。
このfamilyは、工場の従業員の事も含んでいるのかもしれません。
職人の中には親子3代で勤めている人もいる。
そんな靴工場を遊び場にして育ったチャーリーです。

「工場の建物の話じゃなく、雇用を守るのだ」と意訳してもいいかもしれないと思ったりします。

給料を払うために、売れなくても靴を作るしかなかった先代。
その気持ちを引き継ぎつつ、リストラなしで靴を作って給料を払えるようになるぞ、とプライスアンドサンという「家族」の「家長」としてのチャーリーが誕生した瞬間がまさにこのナンバー。

とにかく勢いのある曲で、パワフルです。
漫画みたいに「うぉぉーぉー!やったるでー!」という雰囲気が爆発している曲。
なんだかんだで、靴屋の息子なんだよなぁ。 
めでたし、めでたし。。。

え?まだ1幕の途中だった!

(※ 一度目に観た際に勘違いをしておりまして、工事売却は、この時点の話ではありませんでした。この時は、ニコラから電話があり、「ロンドンへは戻らない」と言ってしまう、という展開でした。お詫びしてここで訂正しておきます。退路を断つという意味では、大筋からはずれていないので、本文はそのまま残しておきます。ご了承ください。2021.3.27追記)

ここからが波瀾万丈

さらに物語は続きます(笑

さて、やる気になって作った試作品は、一旦はローラにボロクソに言われますが、従業員一丸となって、いい感じのキンキーブーツが出来上がります。
ミラノのショーへ向けて、準備が進められていきますが、その過程でチャーリーは、チャレンジする事が怖くなり、急に守りに入って保守的になります。
ビビりのチャーリーは、焦る気持ちから、従業員にも頭ごなしに無理難題を押し付け、ローラを傷つけるような事を言って決裂してしまう。

この人間関係がギクシャクしていくシーンには、歌がありません。
全てセリフだけで、進んでいきます。

歌ったり踊ったりする事で、喧嘩をするシーンがミュージカルにはよくありますが、ガチの芝居で言い合いをするチャーリーとローラ。
ミュージカルは、感情が高まると歌うのが相場ですが、ここはあえて逆張りの演出で、事態の深刻さや緊迫感がマシマシになります。深刻過ぎて歌ってる場合じゃない、のです。

で、チャーリーの周りから人が去ってしまい、1人になって後悔するチャーリー。『Charlie's Soliloquy Reprise』で、反省します。

Now I am left with a deep dark hole
So confident
so collected and so cool
hey look at me now.
Im a fool
ひとり真っ暗な穴の中にとりのこされてしまった
自信過剰で、とにかく丸く収めようとして、カッコつけて
ねぇ、見てよ
俺、馬鹿だな
(Ricky テキトー訳)

チャーリー坊や、素直なんですよ。基本、いい子ちゃんなんだなと、さっきの暴言を忘れて、ついつい同情したくなっちゃうじゃないか。

チャーリーの魂の叫び

反省しきりのチャーリーに朗報が。チャーリーがいい人だってわかってるから、なんだかんだで、ドンをはじめ工場のみんなが戻ってきて、チャーリーの意見を取り入れ、ショーへ向けて再び働き始めます。

それを知ったチャーリー「マジでダメダメなやつだったけど、こんどこそ、生まれ変わってやってやるぞ」と歌う『The Soul of a Man 』。日本語では「真の男」というタイトルの曲です。

How can I be the soul of a man, noble and wise
Like the soul of a man who lifted me high
Soul of a man, heroic and true
Like the soul of a man that I looked up to
What else could I

どうやったらちゃんとした大人になれる?
気高く聡明な大人に。
僕をここまでにしてくれたあの人みたいに
堂々としている本物の大人に。
いつも憧れていたあの人みたいに
あとなにをやればなれるんだろう?
(Ricky テキトー訳)

ここは、歌の中盤。
この歌がすごいのは、基本の詞のパターンを変えずに、少しずつ、単語を変えながら、チャーリーの思いを、決意を、より強く表現していると言う点です。
こういう詞は作詞家としてのCyndiの真骨頂。
日本語の訳詞も、字幕も、そのニュアンスを訳しきれないので、できれば英語で味わって欲しい一曲です。

また見方によっては、「永遠のgirl」と言われ続けたCyndiのsoulが込められている気もします。
「永遠のgirl」って、ぜんっぜん褒め言葉じゃないと私は思います。その言われように対する、ささやかな皮肉なのかなと、ふと曲のタイトルを見た時思ったのだけど、それは深読みかな。

このsoulと言う単語は、よく日本では「魂」と訳す事が多いのですが、色んなニュアンスを含む単語でして、様々な場面で使われます。知性とか賢さとは別の、「心意気」を指す単語で、「気迫」「情熱」「極意」「物事の根幹」転じて「人の手本となるような人」と言う意味で使ったりもする。さらにアメリカのスラングでは「黒人」を指す事もあります。soul musicといえば、黒人文化から生まれた音楽を指すのは、よく知られた用例です。

で、soul にtheがついているから、一般的な話ではなく、ある特定のsoul、つまり、ローラの事を前提に、チャーリーがお子ちゃまだった自分を悔い改め「俺もローラみたいな一人前の大人になるぞ」と歌っている歌なのです。

他にも「本物の」という意味を現す単語はたくさんあるのに、あえてsoulという単語を使ったのは、すごく頭がいいし、流石のセンスだなぁと思います。日本では春馬君のローラだけど、元々は黒人の役なので、soulという単語が、本当にしっくりきます。それを白人のチャーリーが敬意を込めて歌っているところが肝なのです。
この辺のニュアンスが描ききれないのが、ジャパンキャストの辛いところですが。。。

人としての正しいあり方に、人種なんか関係ない。Cyndiがsoulをここで使ったのには、そんなメッセージも感じられます。

この歌の後、チャーリーは心からのメッセージをローラの留守電に入れるのですが、その中で「ドンも変われたのだから、俺にもできる」と言います。
最初にドンがローラを受け入れなかった背景には、ローラがそもそも黒人だったから、と言う事もあるでしょう。ローラがいわゆる普通の男性だったとしても、おそらくドンは受け入れなかった。文化的背景を考えればなおさら、黒人を1人の人間として受け入れるという事は、到底超えられない高さのハードルを飛び越えるくらいの大事なのです。
難しい事だけど、それを超えて、人として認め合おう、とCyndiは伝えようとしています。
「soul」、ものすごいパワーワードです。

また「Man」という単語は、このキンキーブーツの中で、キーワードのひとつでして、色んな意味を含んで、使われています。
それだけでひとつnoteが書けそうだから、別稿にする事にします。なので、ここでは踏み込みませんが、『Not My Farther’s Son」では、「Charlie boy(チャーリー坊や)」と歌ったのに、ついにここで「Man」になる。
ほんの2時間前には、「靴屋になる運命なのかー」と、受け身で悶々としてたチャーリーが、靴屋の枠を飛び越えて「人としてどうあるべきか」を歌い上げる。その成長ぶりったら!
お父さまも草葉の陰から、息子の頼もしい姿にさぞお喜びでしょう。

それと、このmanに「男」という訳語を当てた訳詞担当の方に、僭越ながらひと言だけ言わせてほしい。
ここは「人」です。「大人の人間」です。
男じゃないよ。

少なくとも私なら、そう訳します。
それについては、また別稿で。

というわけで、Charlie boyがmanになる物語、キンキーブーツ。
あまり歌われないのですっ飛ばしておりますが、途中、恋人ニコラとの別れもあったり、ローレンにビビビっときてみたり、プライベートな部分も描かれています。
ドラァグクイーンのローラに比べれば、見た目のインパクトはないですが、人間臭くて、素直で、エネルギーに満ち溢れた人物チャーリー。

それに気づいた途端、ローレンが恋に落ちたのも、納得です。あ、それは、ただ惚れっぽいだけ。。。か(笑

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