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『題名募集中!』とバブルの時代

今年のSF大会に参加したら蔵書を大量処分している人がいて、ハヤカワ文庫JAの『題名募集中!』上下2巻をいただいた。収録作の大半は既読だったのだが、帰りの列車の中で読み返したら80年代の世相が思い出されて実に面白い。そこでいくつかネタをピックアップすることにした。

■『題名募集中!』は『SFマガジン』の連載企画だったのだが、どういう内容なのかは当時SFM編集長だった今岡清が序文を書いているのでそれを見てみよう。

 S‐Fマガジンという雑誌は、どうも固すぎる、という印象が強い。そこで、執筆者の方々の気軽なエッセイを吾妻ひでお氏のイラストと共に掲載させていただこうということで、「題名募集中!」は一九八四年九月号よりスタートした。この「題名募集中!」というタイトルは、当初は読者からのタイトルを本当に募集するつもりだったのだが、一九八九年六月号で本コラムが終了するまで、結局タイトルは決定することなく題名を募集しつづけることになった。

■タイトルについては毎回「入選作」が発表されていたのだが、どういう事情からか単行本ではオミットされている。

■全56回で、執筆者は最終回で漫画を描いた吾妻を含め36名。最多登場は岬兄悟・谷甲州・高千穂遙の各3回。最年長は1910年生まれの今日泊亜蘭、最年少は60年生まれの新井素子。

■私が中学2年生でSFMの購読を始めた85年10月号は14回目が掲載された号だった。月のお小遣いが1500円でSFMが650円。月収の4割以上が固定費として消えるというオソロシイ財政状況だったが、SFM購読はSFファンの義務と信じて疑わなかったので痛いとも何とも思わなかった。これがSFだからよかったものの、戦前に生まれていたら軍部の宣伝にあっさり洗脳されてウルトラ軍国少年になっていたに違いない。

■当時の事件が次々と出てくる。ロス疑惑。日航機墜落。チャレンジャー号爆発。岡田有希子の自殺などなど……暗い話題ばかりだな。梶尾真治がガソリン販売のサイドビジネスとしてレンタルビデオ屋を始めた話など、いかにも時代である。梶尾の趣味で品揃えをしたらホラー映画マニアの巣窟になってしまった、というのには大笑い。

■亀和田武が土曜深夜の番組の司会をしていたり(どんな番組だったのかはこちらを参照のこと)、中井紀夫が酒場でピアノを弾いていたらカラオケとレーザーディスクの普及で仕事がなくなったというのも当時らしい話題である。

■作家がやたら海外旅行するのもバブリーである。野田昌宏と鏡明と谷甲州が海外へ行くのは仕事の一環だが、眉村卓は西ドイツ(ただのドイツではない。〝西〟ドイツである)経由でイギリスへ行き、柾悟郎はアメリカの作家ワークショップへ行き、川又千秋は中国へ行き、中井紀夫はバリ島へ行き、岬兄悟が香港へ行った数カ月後には火浦功と横山宏がまた香港へ行っている。連載開始当初、円相場は1ドル200円台前半だったのが、85年のプラザ合意以降急速に円高が進み87年には122円になっている。

■野阿梓の回には、86年に開業し、内装に凝りすぎて20年間は建物の減価償却ができないホテルが出てくるが、バブル崩壊後はどうなったんだろう。

■連載の途中からはサイバーパンク旋風がSF界を席巻したはずなのに、ほとんどその話題が出てこないのは不思議である。リアルタイムでは、よその頁でさんざんサイバーパンクの話を読んでいたせいか気がつかなかった。

■本書の中では浅草について語った田中文雄の回がちょっと異色で、昭和初期に建てられた映画館と、バブルによる再開発が同居している浅草の描写が劇場版パトレイバーみたいで、いまとなっては貴重な時代の証言になっている。

■川又千秋は、新しいワープロを買ったらJIS第2水準の漢字が使える!と喜んでいる。ただし使用するには5インチフロッピーディスク3枚が必要。矢野徹のパソコンはNECの88シリーズで、深見弾には98を薦めたという。

■一方で神林長平は、ワープロもパソコンも持っていないにもかかわらず、地元新潟のパソコン通信グループから名誉会員的にちょうど1000番のIDナンバーを送られた。工業高専の卒業生でもこんなだったのである。ということは『戦闘妖精・雪風』の原稿は手書きだった訳で、これは『ニューロマンサー』が旧式のタイプライターで書かれたに匹敵するエピソードなのではないか。

■「夫は仕事、妻は家事(および内助の功)」という価値観で書かれたものが多くて、80年代になっても、それもSF作家にしてからがこうだったのか、とちょっと驚かされた。うっかりすると読み飛ばしそうなさりげなさで書かれているので、そのぶんいま読むと固定観念の根深さが浮き彫りになる。

■家族のことを書いたものもいくつかあるが、森下一仁の回で「三歳の息子が」とあったのには遠い目になってしまった。森下先生、その息子さんは将来SF大会でピアノを弾くようになるんですよ。

■飛浩隆が登場した時点で、本人の既発表作はわずか5作。『廃園の天使』はもちろんのこと「象られた力」もまだ書かれていない。しかしびっくりしたのは没になった原稿が300枚以上あるという証言である。飛浩隆の没原稿。読んでみたい。本人は絶対見せたがらないだろうけど読んでみたい。

■最後に一言。吾妻ひでおの似顔絵は、似ている人と似ていない人の落差が激しい。

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