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The Smile「Wall Of Eyes」

いつだってRadioheadという音楽家集団は私の音楽リスナーとしての態度を揺さぶってくる。ただ、彼らのことを知ったのは現時点で最後に活発な活動を行っていた2016年頃で、サマソニで「Creep」を演奏したという話を興奮気味に語る音楽雑誌を「ほえ〜」と目にした記憶がある。その後私が好きになったポストロックやエレクトロニカと括るられる音楽は紛れもなくRadioheadを経由することで聴くようになった。そして数か月に一回ほどRadioheadを聴き、やっぱりここにしか無い是性(これせい)に惹かれるし、友人との間ではRadioheadとミーム化されながら愛されているトム・ヨークについての話題が良く上がる。リアルタイムで追えていないからこそ、フラットに各時代の音楽性から新鮮なフィーリングを得ることが出来たとも思っている。
 
2022年、そのRadioheadの活動を差し置いてトムヨークとジョニーグリーンウッド、そしてトムスキナーを加えた3人でバンドを組み、1stアルバムが発表された訳だが、どこか腑に落ちない感情があった。生楽器を中心とした緻密なアンサンブルがマスロック的な緊張感とオーケストレーションのような豊かさを持って鳴らされている作品自体に興奮はしつつも、複雑さを目的化してしまっているような印象もあった。私が求めていたのは「あの世」を体現してしまったような「A MOON SHAPED POOL」の先にある見たことのない景色だったのかもしれないし、単にRadioheadという単位での活動だったのかもしれない。そんなこんなで期待半分、不安半分くらいの心持ちで聴いた「Wall of Eyes」はあまりにも腑に落ちる音楽だった。

「Wall of Eyes」では「A Moon Shaped Pool」の先が示されている。「AMSP」収録の「Identikit」といった楽曲では「The Kings of Limbs」と共通するリズムへの執着が垣間見えたが、やはりアルバム全編を覆うストリングスやトムヨークのファルセットとそれを天まで導くリバーブの響きがアルバムの主題であり、それは聖歌のようにアルバム全体を祝福し、死に片足を突っ込んでどこかに行ってしまうようだし、「True Love Waits」で現世のしがらみともおさらばした。

「Wall of Eyes」では「AMSP」のあの世の空気感を引き継ぎつつも、天国の中で失った肉体を再び得たような西洋絵画に近い肉感的な感触がある。それをもたらしたのがトムスキナーのドラムである。例えば2曲目「Teleharmonic」の後半ではビートを整地するスネアがリズムの中心から外れ、静かな生命が蠢くようにスウィングしたシンバルとリムショットを組み合わせてアルバムの幕開けをグルーヴィーに演出している。「Under Our Pillows」といった前作に近いマスロック的なギターリフを中心にした曲ではギターのフレーズに対して後ろノリに重点を置いたビートを重ねることで性急さを抑え、後半の弦楽器が生み出すアンビエンスに対してもシンバル捌きの巧みさで空間作りを演出しつつ気づいたらリズムの主導権を握っている。一方で「Friend Of A Friend」ではリズムの主導権をピアノに譲り、ピアノのリフに対して打点を合わせに行っている。トムとジョニーというマルチプレイヤーのアイデアに対して過不足なく応戦するトムスキナーのドラム捌きがこのアルバムにおける生き生きさ、生々しさの源泉だろう。これはフィルコリンズの直線的なドラミングでは生まれないな、ということを嫌でも実感してしまう。

このアルバムで私が面白いと感じた一つの側面は密室的な広がりを持つ音響空間の組み立て方にある。The Last Dinner Partyしかり、Black Country,New Roadしかり、つい先週アルバムをリリースしたplantoidしかり、「POOR THINGS」のサウンドトラックを務めたサウスロンドンの鬼才・Jerskin Fendrixしかり、ストリングスやシンセのパッドの音といった伸びやかなサウンドを用いて如何に空間をデザインするのかに注力した作品をここ1年良く聴いたし、夢中になっている。これはポストロック~音響派の流れにも通じるし、Sam GendelやSam Wilkesといったアンビエントジャズのプレイヤーと趣を同じにする部分もあるだろう。「Wall of Eyes」ではストリングスの音を重ねすぎず、むしろ持続する音のきめ細やかさを堪能することを第一とした密やかなサンドデザインがなされている。これは「AMSP」での実践やジョニーグリーンウッドの劇伴制作で培われたものでありつつ、先ほど述べた近年のUKミュージックと共鳴する部分であり、非常に興味深く聴いた。そして多くの人が興奮したであろうジョニー・グリーンウッドが「Creep」や『the Bends』で見せた残響音たっぷりに歪んだギターの音が聞こえる「Bendic Hectic」のサウンドデザインも上記の美学に応じてパッケージングされている。ただ"懐かしのオルタナティブロックのギターサウンド"という枠で鳴っている訳じゃない「Bendic Hectic」はこの作品のハイライトであり、もっというと彼らのディスコグラフィーでも上位にくる楽曲なのではないか。少なくとも109シネマズで聴いた際はこんな愉悦たっぷりな瞬間があっていいのか……とたじろぐ程だった。

この3人だからできる表現を突き詰めつつも、RadioheadからRadiohead以外の音楽活動の足跡を詰め込んでしまったような「Wall of Eyes」という作品が出たからにはいよいよ「Radioheadで活動してほしい」なんて言いにくくなってしまった。ただ、同時にリスナーの想像を超え続けてきたのがRadioheadでもあるわけだから、こちらが勝手に「Radioheadでやれることはない」って言っちゃうのも烏滸がましいなとも思う。またキャリアハイとも言える作品を出したトムヨークとジョニーグリーンウッドに脱帽し、感謝の念を抱きつつ、色んな期待を込めてこの文章を終わりにします。


 


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