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埼玉県には狼がいるらしい

火曜日の夜、経営戦略部のミーティングがあった。

この日はユキノも参加できるということで、私・サキちゃん・ユキノの3人でLINE電話を繋げた。本当はZOOMでやりたいのだが、ユキノの住むアパートのWi-Fiがボイコットを起こしており、どうしても繋がらないということでグループ通話。あまりに繋がらないから公園に行ってチャレンジしたそうだが

ユキノよ、外に行けば行くほどWi-Fiの思いは届きにくくなるんじゃないか....

私もサキちゃんもそう思った。だけど言わなかった。怖くて聞けなかった。最年長2人が怯えるくらい、最年少ユキノは無意識に恐ろしい圧力をかけてくるのだ。

ミーティングの最初は私とユキノの雑談。今日は何したあーだこーだ、何気ない会話をする。楽しい。
10分程してサキちゃんがポップに合流。「炒め物しながら聞いてるね♫」合流して3秒で消えた。

今回はユーモアの話で盛り上がる。
「今のMKにはユーモアが欠如してる!」「世界観がズレてる!」
ユーモアとMKの関係について語り合い、お互いが出来ることを確認した。軌道修正は弱さを認めなくてはいけなくて辛い反面、乗り越えると最高に足取りが軽よかになる。1人でない強さを有難さを、こういう時しみじみと感じる。

そうこうしていると、実は私たちの会話をしっかり聞いていたサキちゃんが会話に参加してきた。時たま「シャキシャキッ」と歯切れの良い音が聞こえてくる。ASMRみたいだ。恐らく野菜か何かを炒めていたのだろう。よく炒まったようでなによりだ。

三者三様熱い話を交わす。みな違う人間だが、MKに寄せる思いは熱いことを再認識する。造成期は苦しい。真剣になればなるほど、なかなかユーモアを交えて会話することが出来なくなる。夜も遅くなり、話も熟し始め、そろそろ終わりにしようという雰囲気が漂い始めた頃、

ーアオーーーーーーーン

ーん?

ーアオーーーーーーーン

リビング方向から何か聞こえてくる。聞き間違えではない。確かに聞こえる。私はノイズキャンセリングがONになっていたAirPodsをハズす。

ーアオーーーーーーーン
ーアオーーーーーーーン

少し間を開けて、今度は2回、立て続けに聞こえた。2回目は少し自信なさげだったがはっきりと聞こえた。狼の遠吠えだ。

まさかとは思った。ここは埼玉だ。確かに緑豊かな地域だが″狼注意!!″と書かれた看板は、まだ見かけていない。

火曜日は涼しく、エアコンを使わずにリビングの窓を開けていた。

ー外に何かいる

私は察した。でもリビングにはカナイがいるはずだ。彼が何か原因を発見しているかもしれない。不安を右目に期待を左目に抱き、私はMK部屋からグッとリビングに視線を移す。
なんとそこには.....


筋トレをしているカナイがいた。

ーアオーーーーーーーン

時たまそう叫びながら、カナイは筋トレをしている。

「なーんだ。カナイの遠吠えか。」

私は冷静さを取り戻した。不安と期待を抱えていた目は今はもう座っている。再びAirPodsを耳にしようと白くてちっちゃいキノコの山をつまもうとした。その時

ーアオーーーーーーーン

すぐさまカナイを見る。遠吠えしてない。クオッカみたいな表情で、和やかに腹筋運動をしている。

カナイの遠吠えよりも遥かに大御所感のある野太い声だった。

ーアオーーン...

今度は少し寂しげな、哀愁込め込めの遠吠え。消え入りそうなその声は、人間のものではない。

あまりにもはっきり聞こえるものだから、サキちゃんとユキノの耳にも届く。

ー羊じゃないですか?

ユキノが訳のわからないことを言い出す。
「ハクビシンじゃないですか?あ、猫かな?発情期の猫!」さすが山梨で猪と育ったと豪語するユキノ。次々に動物の名前を出し始める。でも生で聞いている私はわかる。

ー狼だ

埼玉には、狼がいたんだ.....

あぁ、心が高鳴る。長い長い洞窟の奥底で、やっと宝物を見つけたような。2年の埼玉生活で、こんなに心がときめいたのは初めてだ。

だからなんびとも”発情期の猫だ”とか”大型犬の夜泣きだ”とかそんなこと、言わないでくれ。少なくともこの幸せそうな微笑みを浮かべ、目をキラキラさせている私の耳には届けないでおくれ。もうすぐ埼玉からいなくなる私に、最後に最高の思い出をくれたんだ。

埼玉に住む狼よ。
これからもその伸びやかでパターンの豊かな遠吠えを、埼玉の地にこだまし続けてくれ。子供たちに夢を届けてくれ。

火曜日の夜、私は埼玉のことが少し、大好きになれた。

その後もカナイは、狼の遠吠えがきこえるたびに「アオーーーーーーーン」と遠吠えしていた。最初のうちは私も笑っていた。でも5回を超えたあたりから不信感に変わっていく。おそらく大人の人間ならこんなに呼応しない。その真剣な顔からは使命感さえ感じる。とりあえず目玉焼きを焼くことは、当分控えようと思う。

Fin.


こぼれ話

この話を書こうとnoteを開き、タイトルに「埼玉県には狼がいるらしい」と書いた直後、私はとてつもない恐怖を覚えた。こんなことを書いて、本家本元の埼玉県民の人に万が一でも見つかったら......


ーおぉい!群馬県民が埼玉県をいじるんじゃあないよ!!


”翔んで埼玉”を”トンデケ埼玉”だと思い込んで、何気ない会話で使用し埼玉県民に半殺しにされそうになったり、車を運転していると、なぜか群馬から埼玉に入った途端煽られたり。

前者は私が悪いかもしれないが、埼玉県の観光課か何かが、埼玉の魅力を世に発信するために掲げたキャッチコピーかと思っていたのだ。(でも本当に自分の県に自信と誇りがあるなら、”トンデケ”は”世界へ羽ばたけ!”というニュアンスかもしれないと、光悦のリアクションを顔に浮かべても良かったはずだ.....おっと危ない)

後者は本当に不思議でならない。なぜ煽るのだ。

そんなこんなで、私は埼玉県民恐怖症。しかしさすがnote。かねてより、人を励まし背中を押すことが得意な人だとは存じ上げていたが、こんなところでまで私の背中を押してくれるとは...

ーご自由にお書きください

記念撮影

慈愛に満ちた字面で、埼玉県民のリアクションを恐れたじろいでいた私の背中をポンっと。

ーそ、そうだよね!!自由に書いていいんだよね!!

懸念が消えるわけではないので震えは止まらないが、私は強気になれた。noteさん、ありがとう。誰になんと言われようと、私は思ったことや感じたこと、ここに自由に書き連ねていくよ。

Fin.Fin.

執筆:麻裕(StudioMK)

※県民性に対する過剰ないじりや度を超えたバラエティ化は、あまり好きではありません。
しかし、確かに文化や歴史の違いによる特徴はそれぞれあると思っていて、その違いを楽しみ、受け入れるための補助として、ユーモアは必要だと思っています。
私は引き続き、埼玉ライフを楽しみます。
補足

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